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今宵は満月。

満月は人を魅了する力を持つと言う。

今宵、魅了されるのは…?






空中都市ビュエルバ。
どの街よりも最も空に近いこの都市は日が沈むと幻想的な景色を創り出す。
ハルム・オンドール候の屋敷を包み込む魔石で出来た翼。
空に散らばる星々。
何れも今宵の満月に比べれば劣るものの、全てが美しく仄かな光を湛え世界を彩る。
勿論そんな美しい夜を恋人達は其々に楽しむ。
…唯、一人だけを除いて……。


「バルフレアの馬鹿~~~~~~~~!!」


街中なら雰囲気を壊し顰蹙を買うで有ろう叫び。
ルース魔石鉱の内部にて響くそれはアルクスのモノ。

…そう、本来ならばこの様な場所に居る訳が無いのに。
そう心の奥で呟きながら、八つ当たりと言わんばかりに次々と出現するスティールを倒していく。


「何で………っ」


先程見た光景が頭から離れられない。
忘れようと、気にしない様にしても余計に蘇り、次第には涙さえ浮かんでくる。


「…………戻ろ」


アルクスに襲い掛かって来ていたスティールは全滅したのか、こうして立ち止まっていても出て来なくなった。
一時間程こうしていれば当然の事なのだが…。
坑内に自分のブーツの踵が鳴り響く音を聞きながら、アルクスは先程の事を思い出していた。


─…本来ならば今の時間はバルフレアと絶景を見ていた筈のアルクス。
そんな約束を数日前から約束していた。
ビュエルバに着いたら夜景を一緒に。
空に近いこの街で月を…。
だけどビュエルバに着き、宿を取った一行は少し早めの夕食を取り各々部屋へと戻る。
その流れの中、バルフレアだけが違う方向へと足を向ける。


「何処へ行くんだ?」


そう問うたのはバッシュ。


「…ちょっとな」


それだけの言葉を残すとバルフレアは夜の街へと姿を消した。
その後、バルフレアが帰って来るのを待っていたアルクスだが、何時までも帰って来ない事に苛立ちを覚えながら外へと探しに行った。

…それが始まり。

宿を出て思い当たる所も無く、人通りの多い道を選んで探していた。
気付くと浮き雲亭の近く迄来ており、少し離れた場所からでも店内からの賑やかな声が聞こえる。


「………っ…」


店の中に入ろうと一度止めた足を進めた時。
路地の隅で女に抱き付かれている見覚えの有る男に目が留まった。

…バルフレア…。

一瞬で混乱に陥ったアルクスは其処から駆け出した。
早く離れたい、という一心で。


─…これがアルクスの八つ当たりの原因。

アルクスは一通り思い出し小さなため息を吐くと、出入り口の長い階段を一段ずつ昇って行く。
嫉妬とショックが一気に体の内を駆け巡り、どうしようも無い儘宿へと歩く足を鈍らせる。
気付けば、足元の石段に小さな水滴の跡が滲み、染み込み消えて行く。
堪え切れなかった涙が真っ直ぐに地へと落ちる。


「…おい」


突然掛けられた言葉に体が小さく跳ねる。
一度零れ出した涙は止まる事無く溢れ出し、声の本人に顔を向ける事を拒む。


「…一人でこんな所に来るんじゃねぇよ」


心配と怒気を含んだバルフレアの声。
ゆっくりとバルフレアはアルクスに歩み寄る。
その間もアルクスは溢れる涙を抑える事が出来ず、先程の映像が脳内を支配し俯いた儘何する事も出来ない。


「………っ…」
「…さっきの事だろ?」


バルフレアの手がアルクスの頭に優しく置かれ、もう片方の手が目元に触れ指先が零れる滴を掬い取る。
当たっている問い掛けにアルクスは小さく頷くと、漸く顔を上げ目の前の男と視線を合わす事を可能にする。


「アレはいきなり抱き付かれたんだ。…突然居なくなった男に俺が似てたんだと」
「……いきなり?」
「あぁ。ずっと”帰って来た”って泣き続けて。振り払う事が中々出来ない状況だろ?」


見ただけで勘違いしたアルクスはゴメン、と小さく呟く。
だがその想いが薄れると同時に別の疑問が沸き上がり、月光で煌く噴水の水飛沫に視線を移し目を伏せる。


「…じゃあ、何で一人で外出ちゃったの?」
「それは…」
「…何時もみたいに女の人口説きに行こうとしてたの?約束…してたのに…」


否定しない返事に、湧き上がる感情にアルクスからは真っ直ぐな言葉が発せられる。
しかし最後はまたも涙に遮られ、掠れた小さな音となり紡がれる。


「覚えていたさ。アルクスが見たがっていたモノをよく見える場所を探しに出ただけさ」
「…場所…」
「並大抵な場所じゃ他人が居るだろ?そんな所で見たくなかったんでな」


良い場所を用意するのも主人公の務めさ、と小さく笑ってみせるバルフレアに視線を戻すと、月光によって作られる陰影は目の前の男に少しばかりの照れ笑いを浮かばせる。
滅多に見れないその表情を見つめていたいとアルクスは思ったが、体は思うよりも先に腕を伸ばしゆっくりとバルフレアに抱きつく。


「…勘違いだったんだね…」
「…納得して頂けたかな?」
「うん……それで見つかったの?」
「悪いが見つからなかった」
「そっか…仕方無いね…」


バルフレアの背に回された腕に一瞬力が込められる。
それを男は逃す筈も無く…─


「…今度。此処よりも良い場所で見せてやる」
「え…?」
「シュトラールで。それでお許し頂きたいな?」


そう囁くバルフレアの声はアルクスの内部に染み渡り、妙な熱を持たせる。
気付けば涙は止まり、月光でゆらゆらと光り濡れた睫毛を震わせながら己を見つめるアルクスに溢れる欲求を抑えられる程利口じゃない。
そう思うバルフレアは目の前の華奢な躰を抱き締め、ゆっくりと相手の瞳に自分だけを映させ唇を重ねる。


「……ん……ッ」


急かす様なバルフレアの舌はアルクスの口内を探り、翻弄する。
歯列をなぞっていた其れは段々と深くへ滑り込み、上顎をなぞり上げるとアルクスの躰がビクリと震える。
その反応が気に入ったバルフレアは絡め合う合間に同じ事を繰り返し、存分に楽しむと故意に音を立て唇を離す。


「ん……バル…」
「…場所…変えねぇか?」


互いに長い口付けの所為で声は掠れ、妖艶さを含む。
バルフレアの言葉の裏に潜められた意味を察したアルクスはコクリと小さく頷き了承する。
目の前の男の口元は月光に照らされはっきりと見えないが、歪めた笑みを浮かべけれども瞳は優しく。
その瞳と同じ様に腰に腕を回されれば、相手のリードで歩き出す。
隣を見上げれば『男』そのモノを滲ませるバルフレアの表情に気恥ずかしさを覚える。

全ては月光の所為だ、と。

アルクスは溢れる熱の中、ぼんやりと思った─…



fin.