捕らえられたその瞳に

何時しか全てを持って行かれ

落ちたら最後、這い上がる事は許されない

あの優しい青に落ちたのは…






辺りに夜の帳が落ちかけ、空は茜から藍へのグラデーションが掛かる頃。
一向はこのハンターズ・キャンプにて一夜を明かす事になった。
原因はメンバーの疲労が思っていたより溜まっていた事と、ソーヘンに棲みついている噂の怪物。
聞けば、命が大事だと、技量を考えて、と理由は様々だが討伐した者は居ない様子。
当然、其処を通る自分達が出くわすのは必至である。

「どうせ倒さないと通れないだろ。だったら疲労は取っておくもんだ」

と、バルフレア。
半ば強引な提案に聞こえるが、皆休みたいと思っていたのだろう。
意義を唱える者は居なかった。



「ねぇ、フラン?」


キャンプの外れにて火を起こしながら隣で日持ちする、と買い込んで有った食物を人数分取り出しながらは一緒に手伝ってくれているフランに呼び掛ける。


「どうしたの?」
「あのね……んー…え、と」


言い難そうに、口をモゴモゴとさせて言葉を濁しながら言おうとする事を選ぶ様は既に成人を迎えているというのに初々しい少女の様。
クス、と小さい笑みを零すと頬に掛かる髪を払う様に首を左右に振ると可愛らしい相手へと視線を留める。


「…バッシュの事?」
「……う、うん…」
「…何に悩んでいるの?貴方の中にはもう、答えは有るわ」


何時も思うが。このヴィエラにはゾクリとする。
何時だって考えている事を見透かされてしまうから。


は立てた膝を両手で抱え込みながら、パチパチと音を立てて燃える火を見つめる。


「…貴方はそれを掴み切れていないだけ。……大丈夫、不安がらなくても直ぐに答えを掴めるわ」
「……うん…」


何を、等と野暮な事は一切聞かない。
聞きたい事も答えるべき事も御互いに解るこの関係。
今程、フランに出会えた事を感謝した事は旅が始まって以来無い…とは密かに思う。


「あ、見て?アーシェ様」


空腹を少し満たすだけの食事を全員取り終えるとパンネロが空を見上げる。
呼ばれた当の本人は、何時も自分に適度な距離を置きながらも近くに居るバッシュの姿が見えない事に気になりながらも同じく空を見上げて何やら話をしている。

直ぐ近くで行われている会話だと言うのに、の耳には入らない程、昼間の自分の気持ちに疑問を投げ掛ける。


何故、あんなに優しく見てくれたのか?
何故、逸らせなかったのか?
…自分は気付かない内にバッシュに惹かれていたのか。


考えれば考える程、気持ちが苦しくなると同時に話したい、という思いが溢れる。
しかし、他の皆が居るというこの場に当の本人の姿が見えない。
首をゆっくりと左右に動かして辺りを見回してみるが、やはり居ない。


「……バッシュなら砂浜よ。丁度此処からじゃ陰になって見えないけれど」


隣のフランがファルーシュに囁く。


「…行ってらっしゃい」


その言葉にコクン、と小さく頷くと立ち上がり砂浜へと足を進める。
その後ろでは…


「あれ?、何処へ行くんだ?」


と、ヴァンの声。
其処に居たヴァン以外の面々ははぁ…と小さく溜息を吐き、
『気にしないの』やら『お節介は嫌われるぜ?』と続け様に言われていた。





ザク、と歩く度に砂とブーツの底が擦れる音。
辺りは波音しか響いてない為かやたら大きく聞こえる。
フランの言う通り、先程自分が座っていた場所からは陰になって見えなかった場所、白い砂浜の上にバッシュは座っていた。


「…バッシュ?」


ジッと海を見つめるその横顔は何時までも見ていたい、と思うに十分な魅力を纏っていた。


「あぁ…か。どうしたんだ?」


呼び掛けられ、声のする方へと顔を向けるバッシュ。
その瞳はやはり昼間と同じ、優しさの光を湛えていた。

(…あぁ…やっぱり…)

そう自分の中で第三者的な思考を巡らせながらバッシュの横へと腰を下ろす。
今度は確信を秘めながらバッシュの視線を真っ直ぐに捉える。


「バッシュの姿が無いから。…だから探しに来ちゃった」
「それは…すまないな」
「ううん、気にしないで。……こんな所でどうしたの?」


海の向こうに特別何かが見える訳でも無い。
ましてや、周囲は濃紺の海と灰色の砂浜。
誰でも疑問に思う。


「考え事を、な」
「ふーん……アーシェの事?」
「合ってはいるが、本題では無いな」
「…本題?」


その他に何か考え込む様な事は起きたかと、は此処最近の出来事を思い出す。
だが、色々有り過ぎてその原因が確定出来ない。


「…君は、恋愛に歳の差はどう思う?」


率直に。
比喩等の言葉は一切無く、真っ直ぐに。
突然過ぎる問い掛けにファルーシュは困惑する。


「……歳の差って…どの位?」
「十五…だな」


…って事は相手は二十一歳…か。
そんな予想に思考を巡らせていると、不意にバッシュと視線が絡む。

ドクン…と冷静でいた心は弾む鼓動を刻み始める。
其れは昼間の自覚を呼び起こし、高鳴る鼓動は自らの気持ちに拍車を掛ける。

(あぁ…やっぱり落ちたんだ、この青に)


「…私は」


一瞬の間が長く感じられる。
膝を抱え込む腕に、指先が微かに震えるのを伝える。


「私は気にしない。歳なんて…"好き"って気持ちの前じゃ無力になると思うな」
「…そうか…」


バッシュは見つめていた瞳を金色の睫毛で隠す。
開いたその視界には相手の影と、灰色の砂。


「…無理ばかりしていて…それなのに微笑っていて。……守りたいと思う存在が居る」
「…その相手はバッシュより十五歳下なんだ?」
「…あぁ」


静かに、けれど熱い想いが伝わる言葉に。
速まる鼓動を抑えながら、はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…私も十五歳上の人が気になる。…何時も優しく見ていてくれて…その優しい青に落ちたの」


…それに気付いたのはさっき。
自覚したら…止まらないこの想い。


「…」
「…バッシュが好き。その優しい瞳も、優しい声も。全部……歳の差とかそういうの全然気にしない」


そう。
落ちてしまったんだもの。
気にする所か……もっと知りたい。

そう心が語る。
自覚とは恐ろしい、とすら思う。


「……なら、良かった。私も…君が…」


──好きだ──


最後は波の音に打ち消され。
耳元で囁かれた言葉は体の芯迄響き、波の様に打ち寄せる愛しいという感情。

どちらからとも無く、その唇を重ねる。
二人を照らす月光の様に優しい其れは温かみを帯びて、名残惜しくも離れる。


「…戻るか?」
「……もう少し…」


もう少し、もう少し其の優しい青に溺れたい。


今は唯、その優しさに触れさせて。



その青に落ちたのは…心。
波が砂を攫って行くのと同じ様に、一瞬で捕われてしまっていた事に気付かない振りをして。
再度優しいキスを交わした──…




fin.