「…困ったなぁ…」


見知らぬ土地で迷子。
そんな笑えない状況に陥っている──は心底困り果てていた。

陽気で人なつっこい少年に付いてオニオンナイトと自称した少年とヤ・シュトラと名乗った女性と行動を共にしたのはいいのだが、
どうも次元のひずみで逸れてしまったらしい。

が扉を抜けた先には三人の姿は無く、一人でその場に立ち尽くしていた。



「うーん…ヴァン達に迷惑掛けちゃってないかな…」


特にオニオンナイトは心配症なのか、ヤ・シュトラとの世話を焼いてくれていた。
といってもヤ・シュトラは持ち前の探求心と慎重さ、推測力でこの世界を次々と憶測立て行動していたが、
は何せ記憶が飛んでしまっている。
それに彼女が得手とするのは回復魔法を主とした白魔法──武器は心もとない杖。
先程の様にイミテーションと呼ばれる彼等戦士を模した人形の様な者達に襲われてしまったら耐えられない。

は兎に角マーテリアの所にでも戻れないかと、行動を起こす事とした──のだが。



「うぅん……また違う所…」


見つけた次元のひずみへと飛び込んでみるが、行く先行く先誰かの世界の記憶。
見た事も無い景色が続く。
求めているのは何も無い、荒野の世界。
今が出た場所は見知らぬ機械の様な、四つの車輪が付きかなりの速度で動く物が走る通路の様な所。
その物体の前方を照らす灯りが眩しくて、は目を細める。


「何だろう…あれ」


目を細め見た先の空中に突如として現れた歪み。
そこから落ちてくる二人の青年。



「うわぁ…!」


落ちてきた所に向かってくる高速の物体。
それを寸での所で交わす二人組。


「ここは…」
「次元が歪んで飛ばされたんだ」


片方の金髪の青年は見覚えが有る。
確かヴァンが『クラウド』と呼んでいた青年だ。
もう一人は…?
二人は何処か楽しげに会話をしているのが見える。
しかし物体の機械音で声は聞こえない。
そうこうしている内に二人の前には歪みの扉。
は慌てて対岸の二人を追いかける。


「あ、あの…!」
「君は……」






「そっか、って言うのか。おれはバッツ、よろしくな!」

の姿を見て、クラウドは驚いていたが、直ぐに状況を察してくれていた。
逆にこの目の前の青年バッツは迷子だという彼女に笑っていたが、しかしヴァンとはまた違う陽気さでは安堵を覚える。

聞けば、大事な戦いの最中にこの世界に呼び出されていたのだという。
しかもバッツとその相手両方──二人共それに気付いていなく、クラウドともう一人の敵がその戦闘に加わった事で初めて召喚された事を知ったらしい。


「バッツさんも…前の戦いというのに居たんですか?」
「ん?あぁ、居たさ。前回は自分の世界の記憶とか無くって。でも今回はちゃんと覚えてるんだ」
「は…確か記憶が無いんだったな」
「え?クラウドそれ本当か?」


クラウドの言葉にバッツは驚きを見せるが、バッツはマーテリアの元に居なかった所為もある。
の事は何も知らずましてや何故彼女がこうやってこの世界に来たのかも解らない状況に立たされている事も知らない。


「ふーん…じゃあ不安だろ?急にこんな所に来ちまってさ」
「不安だらけですけど…それよりも私は自分が何処から来たのか…それが一番知りたい、です」
「自分の世界……ね」


バッツの脳裏に懐かしい姿が蘇る。
明るくて、自分達を導き熱い想いを持った人物…─


「大丈夫だって!おれが付いてる!記憶もすぐに戻る…と思う、多分…?」
「…あんたがそこで疑問になってどうするんだ」


陽気なバッツと冷静なクラウド。
二人の会話は聞いていて飽きず、は思わずクスクスと笑ってしまう。


「…うん、やっぱ女の子は笑ってるのが一番だな!」


横でクラウドが溜息を吐く。
バッツはの腕を取り、行こうぜ、と笑う。


「さぁ、マーテリアの所に行かないとな」












「ここもダメ。完全に迷った」


何度目の移動だろうか。
大きな水晶を携えた城の城下町。大きな鐘の音が鳴り響く。
バッツは疲れ果て、地べたに座りこんでしまった。


「…動かず、助けを待つという手もある」
「次元の狭間だぞ?シャレにならねえぜ」


バッツは疲労困憊に言う。
クラウドとは困った様に顔を見合わせ、は急ぎ魔法の詠唱を始めた。


「……お?」


バッツに対して、淡い緑の光が降り注ぐ。
ケアル──怪我はしていないが、気休めでも疲れが軽減される様にと、の気遣いのつもりだった。


「ありがとな、しっかしの魔法って……うーん…」
「何か気にかかる事が有るのか?」
「まぁ……ちょっとクラウド、耳貸せ」



(魔法ってさ、そいつの世界によって多少違ったりするのか?)
(…さぁ…俺の世界ではマテリアが無いと使えない。だけどあんたの世界は違うだろう?そう言った違いはあるだろうが…)
(…似てるんだよ、の魔法って。おれのと。)


二人で声を殺し会話を続ける。
には内容が聞こえないので、二人の背中を見ているしかない。
複雑な気分に気持ちが落ちかけたその時だった─。


「……きゃぁっ」


上空に現れた歪みの扉。
小さな姿が一つ落ちてきた。
三人は唖然としながら顔を見合わせ、言葉を失う。


「どうしてひずみが……呪いますわよ」


小さな体躯に尖って下がり気味の耳。
人形の様に愛らしい姿からは想像も出来ぬ物騒な言葉。
──シャントット。

確か彼女は出口を探しますわ、と言ってティーダとフリオニールの後を付いていった筈…。
クラウドが無言でシャントットに近付くと、彼女は初めて自分達に気付いた様に振り返った。


「ふぅ……あなたたちはお散歩?」


シャントットの言葉にクラウドとバッツは再度顔を見合わせ、は困った様に笑みを浮かべる。


「ぅ…………流石にそんな気分にゃなれないな」
「……マーテリアの所に戻れないか?」
「ふーん……このわたくしに不可能はありませんことよ!」


小さな魔導士は何もない箇所に向かってロッドを振り翳す。
ゆらりと、そこには歪みの扉が浮かびあがってくる。


「たーすかったぁ!」


そう言ってバッツは飛び上がり、クラウドの背をバシン!と叩きの肩もポン、と叩く。


「やったな、クラウド。所でこの子は?」
「仲間だ。以前単身で脱出した事が有る……」


そんな中、歪みの扉は完成し向こう側にマーテリアドームが蜃気楼の様に映し出される。


「色々確認しなくちゃな」


そう言ってシャントットとクラウドは扉へと姿を消す。


「……?行こうぜ」


立ち尽くしたの前で立ち止まったバッツは彼女に視線の高さを合わせる。
グレーブラウンの様な不思議な色のバッツの瞳。
はハッと我に返る。


「えぇ、行きましょう」








──遠い記憶。
のどかな村でよく遊んだ男の子。
明るくて元気で、同い年の皆の中心に居た子。
確かその子も今の様なグレーブラウンの瞳だった。
父親の仕事の為にカルナックへ引っ越してしまった……好きだったけど、離れるのが寂しくて、悲しくてちゃんと話せなかった。
確かその男の子の名前は……─




「?大丈夫か?」
「え、あぁ…大丈夫、です。ちょっと考え事してました」


俯き加減に歩くにクラウドが歩調を合わせる。
前にはバッツとシャントット。
小さな淑女の好奇心の矛先は遅刻したバッツの状況だ。
こと細かくその大事な戦いの状況を聞いては、何やら推測を立てている。


「何か…思い出す事が有ったのか?」
「……多分。小さい頃の事を思い出しました。仲の良かった男の子……ちゃんとお別れを言えなかった友達」
「友達……か。バッツを見て…か?」


コクリとは小さく頷く。
クラウドも伏せ目がちになり、きっと、と小さく呟く。


「…もしかすると、はバッツと同じ世界から来たかも知れない」
「バッツと同じ…?」
「バッツも…の魔法が自分と同じだ、って言っていた」
「魔法が……同じ…」


そういえばバッツは色んなジョブの特技を使える。
青魔法、黒魔法、侍、竜騎士、踊り子、モンク…
微かにそれらの名前を何かで見た記憶もには浮かび上がっていた。


「もう少し、バッツと話してみるのはどうなんだ?」
「バッツと…」


目の前を歩く栗色の髪の青年に視線を向ける。
もし、先程の遠い過去が自分のだとしたら──





「このまま進んでしまうと、召喚獣に出くわしますわ。休憩を取る事をお勧めしますわ」


この先に強い魔力を感じる。
それはでもひしひしと伝わり、戦闘の前の休息を一行は取る事にした。

バッツは朽ちて転がっている大木の上に腰を下ろし、クラウドはシャントットに何やら話しかけている。
視線がに向いたと思ったら、顎をしゃくってバッツを示す。

(話せ、っていう事ね…)


クラウドの親切を無駄にする訳にもいかない。
はバッツに近付く。


「ん?も座るか?」
「いいんですか?」
「もっちろん!座って休まないと、キツイだろ?」


あんま旅慣れしてなさそうだもんな、と。
バッツは明るく笑い、自分の隣を空ける。
そこに静かに腰を下ろしたは、バッツの視線の先を追いかけた。


「なーんも無いよな、この世界って」
「えぇ……静かで、まるで終わりを迎える様な……でも、マーテリアさんが言ってた…」


世界の復興には戦いで生み出されるエネルギーが必要だと。
戦いで生み出されたエネルギーはどうやって世界に命を芽生えさせるのだろう。
は疑問に思っていた。
戦いの中で生み出されたエネルギーは、戦いしか生み出さないのでは…?
もしそうなってしまったら、この世界はどうなってしまう?


「…元々、な。草木も有って、秩序の聖域が有って、風も吹いて…それが何度も繰り返された闘争でこんなになっちまった」


バッツの声。
先程までの明るい声ではなく、低さを含みゆっくりと落ち着いた口調で話を続ける。


「前回の戦いで、コスモスもカオスも居なくなってしまったけど…その意志がこの世界を繋ぎ止めてくれてるって思ったら、やっぱ神様ってすげぇんだなって思うよ」
「…前回の戦い……」
「色々有ったんだ。おれ達は自分の世界の記憶はない。でも違う世界から来たって事はわかっている。戦い続ける内に思い出す記憶…大切な仲間や目的。
思い出す事が増えてくると早く自分の世界に戻りたいって思う筈なのに、おれはこの世界で出会った皆と居るのも楽しかった」
「……素敵な仲間、だったんですね、皆」
「面白いやつらだろ?も少しは話していると思うけど、特にリーダーが面白くてさ」


自分にも他人にも厳しいのに、コスモスの事となると見境なくなっちまうんだ、とバッツは笑って言う。
やり遂げた事だからだろう─彼がこんな明るく話せるのは。


「……でな、。おれ、さっき思い出した事あるんだ」
「何を思い出したんですか?」
「小さい時の事。急に居なくなっちまった子が居てさ……すごく仲良くしてた筈なのに、おれには何にも言ってくれなかった」
「……っ、それ、は…」
「……確か、って名前だった、その子も。後からおふくろから親父さんの仕事でカルナックに引っ越した、って聞いてさ…寂しかった」
「……バッツ……」


─間違いない。
に蘇った先程の記憶は紛れもなく自分の物。
そして仲が良く、好きだった男の名前。それは──


「…ごめんね、バッツ。私も寂しくて悲しくて……言えなかった」
「…やっぱり、そうだったんだな」
「急にカルナックへ引っ越す、って言われて。両親も中々言えなかったみたい、私に。
当日、少しだけ時間貰ってバッツの家に行ったわ。そうしたら…」
「…おれ、熱出してただろ?」
「そう。ベッドに寝てるバッツが見えて、ステラおばさんは困った様に笑ってごめんね、また来てね、って…」


話していると次々と思い出される幼少期。
それと同時に蘇る自分の世界の風景、カルナックの町並み、リックスの町…。


「……泣くな。やっと会えたんだな、」


つぅ、と頬に生暖かい物が伝う。
いつしかは涙を溢していた。
バッツの指先がそれを拭い、優しく双眸を細め微笑む。


「うん…ごめんね、バッツ。また会えたね…」
「…うん。よっし、おれ決めた!」


そう言ってバッツは勢いよく立ち上がると、に人差し指を向け得意気な表情を浮かべる。


「を守る。一緒におれたちの世界に戻ってさ、全部終わったら…」
「全部終わったら…?」


そう言っては次の言葉を待つが、バッツはあー、だのえーと、と言って仕舞いには自分の頭をガシガシと髪を乱してしまう。


「今は秘密だ。さぁ、マーテリアの元へ向かおうぜ!」
「え、バッツ…秘密って…」
「……話は済んだのか?」


振り返れば苦笑を漏らすクラウド。
はい、とは頷き頭を下げる。


「有難うございます、クラウドさん。お陰で…思い出せました」
「そうか。良かった」
「……不思議ですね。軽くなった気が…します」
「……がそう思うなら、そう思えばいい。バッツもそれが一番嬉しいだろう」


二人でバッツへと視線を向けると、早く、と急かす彼の姿。
シャントットはやれやれ、と両手を上げ、クラウドは笑みを零す。


「さーて、召喚獣のお相手だな!」



四人は急激に温度が下がり強い冷気の魔力が漂う空間へと足を進めたのであった。