地平線の彼方に陽が落ち、空は限り無く黒に近い濃紺に染められる。 月が満ちるこの夜に、小さな小さな集落で唄が謳われる。 ──貴女が大地に還る時 風の精霊は泣き 貴女が空に昇る時 星々は瞬く 全ては自然の恩恵 貴女を守るは大地の精霊 貴女を照らすは太陽 全ては自然の理の儘に── カミュは風に乗るその声に導かれる様に小さな集落へと足を向けた。 元々はこの周辺一帯の巡回視察。 死の障気が強く漂うから、と女神からの勅命であった。 何か手掛かりが掴めるか―。 カミュは慎重に歩み、声の主を探した 「……誰?」 集落の片隅、一本だけ残る大樹から声が落ちてきた。 一軒だけを残して、他の建物は生活感が一切感じられない。 カミュは反射的に身構え樹を見上げた。 「…先程の唄は貴女か?」 「えぇ…」 大樹の枝には細い女性が座っていた。 何処か伏せがちの瞼の奥は悲しげな瞳。 「…亡くなってしまった人達への…鎮魂歌」 「亡くなって…?」 其処でカミュは気付く。 何故この地が、死の瘴気が満ちているのか。 何故、一軒以外生活感が無いのか。 「…貴女は、ずっと此処で?」 「…えぇ。この集落は…子供が多かったの」 子供が多い、その言葉が妙に引っ掛かった。 「…此処は孤児達の集落……大人は私だけだった」 女性は大樹から下りると、空を見上げた儘言葉を続けた。 ─二ヶ月程前になるだろうか。 この集落で原因不明の流行病が発症してしまった。 それはまだ病への免疫が弱い幼子から急速に子供達を蝕んでいった。 彼女が麓の街から医者を連れて来た時には既に手遅れであった。 一人、また一人と儚い命が天へと昇り、最後は彼女だけが残った。 彼女は、と最後に名乗った─。 「此処に残っているのは…あの子達の寂しさと悲しみ。…傍に居てあげなきゃいけない」 「……。それでは貴女がいずれ…」 ─命が失ってしまうのでは無いか。 目の前の女性の細さは栄養失調によるものだとカミュは一目で分かる。 それ程迄に生気は失われ、今目の前に立っているのですら儚げに見える。 「……あの子達にせめてでも見せてあげたかった」 「…何を、だ?」 「………雪を」 この辺りは冬でも雪が降る事は無いに等しい。 は、自身の故郷で見た雪の話を子供達にしては懐かしんでいた、と話す。 「…雪、か」 ポツリとカミュは呟く。 雪は見せる事は出来ないが、氷ならば…と自らの掌を見つめ、次第に其れを伸ばすと天へと開く。 「…雪では無いが、せめてもの慰めに…」 掌に小宇宙を集め、氷の粒を舞わせる。 集落全てに行き届く様に。 美しく舞う結晶は月の光を浴び、キラキラと煌きそして地へと落ちる。 「……貴方は一体…?」 が、カミュへと視線を留め問いかける。 その瞳は驚きを帯び、カミュは初めて彼女と視線を合わせる事となる。 「……其れを言う訳にはいかない…すまない」 「……いえ………有難う…」 は瞼を閉じ、天を仰ぎ見る。 その横顔は儚げでありながらも、とても美しく。 カミュは未だ氷の粒を舞わせながら、その横顔に視線が捕らわれていた。 ゆっくりと瞼を開いたは唄を紡ぎ始める。 まるで結晶の舞に合わせる様に。 その声はとても澄まされ、優しさが満ちている。 先程聞いた物よりも、断然に。 唄が終わり、カミュもまた小宇宙を舞わせる事を止める。 「…、共に来るか?」 「…何処へ?」 カミュの申し出に、は驚いた様だった。 長い睫が何度も上下に揺れ、その瞳は幾らか光を取り戻していた。 「…聖域だ。…共に居て欲しいと思う」 「……初めて会ったのに?」 「あぁ。…しかし、貴女を守りたいと思う……良いだろうか?」 ─そう、これは一目惚れと言っても過言は無い。 この女性を守りたいと、そう自然と思っていた。 彼女の持つ微かな小宇宙が、カミュの心の琴線に触れたのかも知れない。 美しい唄声となって。 「……こんな私で良いならば」 そう言って微笑んだは、何よりも美しかった─。 「カミュ?」 あれから半年が過ぎた。 の栄養失調も治り、今ではすっかり健康体となった姿はやはり美しいとカミュが感じる程であった。 何より、よく笑う様になり自分を愛してくれている。 「すまない…少し思い出に浸っていた様だ」 「…思い出?」 カミュの顔を覗き込むは不思議そうな表情を浮かべる。 …そういえば、あれから彼女の唄を聴いていない。 「、何か唄っては貰えないだろうか?」 その美しい声で、私を包んで欲しい。 そうカミュが告げれば、紡がれる愛の唄。 ──私はこの声も守りたいと思う…。 世界中に響くであろう、優しい唄声を。 己に向けられる、愛しい唄声を。 fin.