「…雲さんって、人なんですか…?」 突如として投げられた質問。 スピリタスドームに響いたその声は居る者に静寂を与え、問い掛けられた本人は無表情の儘、ゆらゆらと浮かんでいる。 「…わしはその様な概念はない。世界の均衡が崩れた時に全てを無に帰すだけ…」 「……自然、みたいなもの…?」 人でもなく、獣でもなく。 されどその姿は紛れもなく人で女性。 は暗闇の雲の言葉の意味がどうにも理解しきれない。 呼び出された戦士は各々行動を始めていた。 漆黒の鎧を纏った男──ゴルベーザと暗闇の雲も少しばかりスピリタスドームを空けていたが、直に帰還してきた。 はスピリタスドームに残る事を選び、静かな空間でぼんやりとしていた所に暗闇の雲が近付いてきていたのだ。 「お前は何故その様な事を気にする」 「…何故、と言われても…雲さんは他の方と違う感じを受けます…」 他に興味を持たず、刺々しい雰囲気も攻撃的な魔力も感じない。 例えるなら空気の様な存在か。 そこに静かに在り、ゆらりと浮かぶその姿は恐怖や嫌悪ではなく、自然が其処に存在しているに近い。 最も、同時に帰還してきたゴルベーザも敵意も感じず、どこか静穏な雰囲気を感じるが、彼とは違う。 「……自らの記憶が戻らぬというのに、好奇心は有るのだな」 「…人なら誰しもが気になる事だって有りますよ」 「……面白い小娘じゃ」 微かに暗闇の雲の口角が上がる。 艶を帯びた唇が妙に艶めかしく見え、は視線を彼女から逸らしてしまう。 ─と。 視界に入ったのは、彼女の纏う触手。 異形の物だが、よく見れば可愛げがあり、口をパクパクとさせながら向こうもまたを見つめる。 「こやつらもお前を気に入ったようじゃ」 「…あの…撫でていいですか…?」 刹那、沈黙が訪れる。 向こうの方からは低い咳払いの様なものが聞こえる。 …スピリタスの声だろうか。 「……噛みつかれぬ様にな」 呆れを含んだ暗闇の雲の声。 恐る恐るは触手に手を伸ばし、丸い頭の様な所を掌でそっと撫でる。 「……可愛い……」 今度はゴルベーザの声だろうか。 うぅん、とくぐもった呻きの様な声が聞こえる。 撫でてみれば金属の様に滑らかな手触り。 釣り上がった目は細められ、空いているもう片方が懸命にの手に近付こうと伸びてくる。 「……ふふ……っ」 伸びてきた触手がまるで愛玩動物の様に甘噛みをする。 思わずは微笑みを漏らし、両手でそれぞれを撫でると擦り寄る様に触手が蠢く。 「…お前は変わっておる」 「そうですか…?」 「その様にわしの触手を愛でる者はお前以外おらん。…見てみよ、あの二人を」 暗闇の雲が指差した方へ顔を向けるとゴルベーザとスピリタスがゆっくりと顔を背ける。 はきょとんとした表情を浮かべ、二人の反応の真意が理解出来ずにいた。 「……えっと…」 「…もうよかろう」 触手が暗闇の雲の後ろへ戻っていく。 名残惜しい気もするが、目の前の人物をその場に長時間拘束するのも如何と思い、は両手を下げた。 「さて……よ。お前の記憶が戻る術を考えなければならん…」 暗闇の雲は漂う様にスピリタスの元へ戻っていく。 もまた、その後を付いていき、スピリタスの視線の先の映像の様な物を見る。 そこにはこの世界の風景が映し出されていた。 「……次元喰いじゃ」 金色の小さな竜が飛び回る姿。 暗闇の雲が小さく呟く。 「…あれをどうにかせねばならんな」 溜息交じりに吐かれた台詞。 スピリタスが暗闇の雲とゴルベーザを一瞥する。 「…力を示せ。マーテリアの小娘などは後回しだ」 世界の均衡を崩す者、次元喰い。 かくして暗闇の雲とは共にそれらの捕獲へと身を乗り出したのであった。