──何故この方と共に行く事になったのだろう。


はそう思わざるを得なかった。
行動を共にする者を指名し兼ねているに、冷たく「使えん事も無い」と言われ。
前を歩く男は一言『来い』と言ったっきり、言葉を発さず次元の扉をくぐりその先に広がる世界を見てはまた移動を繰り返す。
この人の目的は何だろうか。
は盗み見る様に、時折男の横顔を見るものの、目的は解らずにいた。


「…何か用か」
「あの……何処へ向かってるのでしょうか…?」


やっと口を開いたかと思えば、高圧的な物言い。
は続けるのも躊躇ったが、言葉を選んで問いかけた。


「お前には関係の無い事。何も考えずついて来れば良いだけだ」
「はぁ……」


スピリタスドームを出る際に誰かが言っていた。
この男は”皇帝”と呼ばれており、他の面々より感じられる雰囲気が冷たく刺々しい。
鈍い金の鎧を纏っているが、手に持つ得物は杖。
感じられる魔力はとても強く、手練れの魔導士なのだろう──最も、今はまだ戦闘らしきものもしておらず、その実力は不明なのだが。


「ここも違う……か」


見渡す限りの雪原。
扉をくぐり抜け零れた言葉に、は初めて皇帝が何かを探している事に気付く。


「あの、皇帝…さん?」


おずおずと紡がれる言葉に皇帝の眉根が微かに寄せられる。


「何を探しているのですか…?」
「……我が道具となる力を探している。貴様も魔導士の端くれ、其処に魔力が在れば解るのだろう?」
「まぁ解りますが……道具…?」
「……召喚獣。聞いた事は……と言っても記憶が定かではなかったな」


”召喚獣”
には覚えの無い言葉であったが、確かに男の言う通り記憶が霞んでいる自分にとって其れが本当に知らぬ存在なのか解らず。
言葉を濁して返答を返した所で恐らく目の前の者には全て見抜かれてしまうだろう──は素直に言葉を吐き出す事にした。


「…確かに確証は有りませんが…召喚獣、というのは覚えが無いのです。良ければどういう存在なのか教えて貰えませんか?」
「……よかろう」


強大な魔力を携えた、人とは違う存在─
とある世界では召喚獣の国が。
とある世界では石に己の力を宿し、魔法を使える様にし。
異なる世界で存在意義は様々ではあるが、人の姿を成す者、言葉の通り獣や無機物の姿を成すもの。
その魔力は人の其れを超え、畏怖される存在。

そう皇帝は説明を手短に終えると、考え込んでしまったを見遣る。


「…お前は白魔法を得手としていたな。試しに律を組んでみせよ」
「……律、ですか…」


魔法を具現化する為に必要な律。
それは呪文の詠唱だったり魔法陣を描いたり─は初歩でもあるケアルの詠唱を始めた。
呪文を唱え、手には仄かな白い光。
治癒すべき箇所は無いがその対象を皇帝へと向け、光が鎮まると皇帝を見上げる。


「やはり……お前の使う魔法は、私がよく知っている世界の物の様だな」
「え……?」


召喚獣の存在を知らない世界は二つしか無い。
一つは違う世界。
一つは皇帝の存在していた世界。
定かではないが、引っかかる物が無いと反応を示したに魔法を使わせたのはそれを確かめる為。
魔法詠唱の律が皇帝の其れと類似していた。


「…あの。もしかすると…?」
「お前の記憶が戻らん事には何とも言えんがな。次へ行くぞ」
「あ、はい…」


次はどの世界に行くのだろう。
は皇帝の後を追って、何度目かの扉へとその身を潜らせた。







「此処は……」


暗い空に無機質な建物が立ち並ぶ世界。
自分達が出た向こうに見えるのは”神羅”と大きく書かれた看板──と言っても、はそれを何と読むのか解らなかった。
所々蒸気の煙が零れており、足元は青緑の様な光が漏れ出ている。


「セフィロスの世界。遙かに文明が進歩し、科学が蔓延る世界だ」
「科学………所でこの魔力は…?」


僅かでは有るが、何処かからか強い魔力を感じていた。
それが何の魔法なのか、には解らなかったが何処か恐怖を覚える。


「……近いな」
「…召喚獣ですか…?」


そう言いながら皇帝は新たに現れた時空の扉の近くに向かって陣を描き始める。
青白く描かれた文様は地に吸い込まれる様にして、その光の身を潜めた。


「皇帝さん…?」
「お前は此処で大人しくしていろ。直に終わるが…ネズミが暴れるとも限らぬ」


鉄骨の近くに身を潜めていろ、という事なのだろう。
そう言って皇帝はから遠ざかってしまう。




「──ほう、鼻が利くな」



扉から出てきたのは金髪の少年と淡い金の髪の少女。
先程皇帝が仕掛けていた罠を寸での所で交わし、交戦。
何処からともなく、銀髪の黒衣の男も戦闘に加わり、皇帝側が優位に立っていた時だった。


「では、僕が手を貸そう」




──クジャと呼ばれていた。
銀髪の妖艶な青年が皇帝の不意を突く。
銀髪の黒衣の青年に対しては攻撃魔法を唱え、少女を救っているではないか。
スピリタスの元に居たはずなのに、何故彼等は敵対をしているのだろう──は思いながらも遠巻きに戦闘の行方を見守っていた。


「ケアル…?」


クジャが少年と少女に施した魔法──回復魔法だが、確かに皇帝の言っていた通り自分の使う其れとは律が少し違って見える。
三人が強い魔力を発した瞬間に、その姿は人で在りそうでない者─へと変わり、再度戦闘が開始された。





「クク…次元喰いの目覚めだ」


世界に蠢く黒い竜の様な物。
今居る世界の壁を覆い尽くす様に蠢いている其れは、自分達に襲い掛かってくるのではないか──そんな禍々しさを纏っていた。


「ふん……当てが外れたな。此処は捨てるぞ」


皇帝の身体がふわりと空へ浮かぶ。
そのままの元へ近付いてきたと思ったら、腰の辺りへと腕を回され抱えられる。


「えっ、あの…」
「行くぞ。この世界に居ればお前も消滅する」
「消滅…?」
「あれは力を飲み込み、自分の糧とするもの……厄介な存在だ」


その儘皇帝は不意に現れた次元の扉へと入り込む。
の身は抱えられた儘。不安定な状態に知らず内に彼の腕を掴んでいた事に気付く。


「あ、すみません…」
「……直に降ろす。不安定というなら掴まっていればよかろう、許可する」
「…はい」


言葉は高圧的、視線は射貫かれそうな程鋭い。
しかし腕はどうか。
粗末に掴んだりするのではなく、支えながらもしっかりとの身体を持ち上げ、その手つきは優しささえ感じ取れる。


(この方はどちらなのかしら…?)


傍から見れば悪者、と呼ばれる者だろう。
だが、共に居ればそう一言では表現し難い。
完全な”悪”ならば、この優しさは一体?

はまたもや皇帝の横顔を見つめていた。


「…だから何なのだ」
「え、いや、その……」


意識して見つめていた訳でも無く。
ただ視線が目の前の男に縫い付けられていて、何かを考えていた訳でも無く。
はその先の言葉を選べず、上手く会話を続けられずにいた。


「ふん……お前も愚民と変わらぬ…か」
「えーと……っ?!」

気付けば周りの景色が変わっている。
紫の壁はまるで生きているかのような様相。
所々に豪奢な装飾を施されている柱が有るも、地獄の城と言った所か。広い空間には皇帝との姿のみ。
回されていた腕を解かれ、気を抜いてたは支える物も無く、地べたへと落ちてしまった。


「パンデモニウム。地獄の宮殿を模した世界」
「痛っ……ここって皇帝さんの…?」


(そう言えば雰囲気によく合う様な…でも違う気もする…)


そう高くない場所とは言え、臀部から落ちたは、立ち上がり腰をさすりながらも考える。

先程の僅かな優しさ。

目の前の男からはそれを感じられたのに、この城からは感じられない。
ただ、冷たい壁は迷い込んだ者を不安で押し潰しそうな感情を抱かせる。


「……皇帝さん。これからどうするのですか?」
「恐らくヤツらはどの世界にも湧き出てくるであろう。此処も直にそうなる……神の元に一度戻るとする」


”ヤツら”とは先程の次元喰いと呼ばれていた竜の事だろう。
次元喰いの脅威を知らぬにとって、何故ここまで敵視されているのかは不明ではあったが、先程の説明の通り消滅しては堪らない。


「………あの、皇帝さん。此処は貴方の居た世界なのですか?」
「模造品だがな」
「…元々ここは何か在ったとか…そんな事はないです…よね」


荘厳な城内。
道行く甲冑の兵士。
赤い鳥の様な物が描かれた国旗。


刹那に見えた映像。
それがの持っていた記憶なのか、違う物なのか。


「…何が見えた」
「城…それと兵士…赤い国旗…でしょうか」
「それ以外は」
「いえ、それ以外は。…でも、ここに入ってから何か落ち着かない気がします」
「…………お前は私と同じ世界の住人では無いのか?」


使う魔法、パンデモニウムに辿り付いてからの記憶。
皇帝から見ても、落ち着かないの様子に皇帝は思考を巡らせる。


「……お前の記憶にも多少の余興価値は有りそうだ。気が変わった、もう少し共に来るが良い」
「え、あ、はい…?」


ゆらりと皇帝の身が浮きながらパンデモニウムの奥へと向かうその後を、は慌てて追いかける。
そう早くはない速度。
奥まで進み、柱が四本立ち並ぶ場所まで辿り付くと、皇帝が何か呪文の詠唱を始める。


「……これを見るが良い」
「これは……」


壁に映された映像の様な物。
どこかの城内だろうか。甲冑を纏った兵や、軍服を纏った騎士の様な姿。
城下には山々と遠くに闘技場の様な円形の建物。


「パラ……メキア……」


赤い国旗を見た瞬間に零れた単語。
途端に襲いかかる激しい頭痛と眩暈。


「……わた、しは……」


はそのまま崩れる様にして倒れ込んだ。
皇帝は魔力の注力を中断し、倒れた彼女へと近付き抱え上げる。


「戯れが過ぎたか……」


呟かれた男の言葉の真意を問い掛ける者もなく。
静かな空間には微かなと自分の呼吸音が漏れるだけ。
ふわりと皇帝の身が宙へ浮き、其処に玉座が有るかの様にゆったりと腰を掛け足を組む。
…その傍らにはの身体。
よく見れば額に汗が滲み、前髪が張り付き乱れている。
皇帝の指先がそっと乱れを直し、深い息を吐いた。


「…この様な小娘に毒されるなど……」


──どうかしている。


声にならない声はパンデモニウムに吸い込まれていく。
目が覚めたら何と言うのだろうか。
下々の者と変わらぬ台詞を吐くのだろうか。
それとも……─


「……時が近い、か」



此処でも誰かが戦闘を行い、力の臭いに引き付けられたのだろう。
次元喰いが静かに姿を現す。


「…我が城までを貪るか。下等な者よ」


皇帝はの身体を抱き寄せ、現れた次元の扉へと姿を消した──。