「………じゃあ、宜しくお願いします」
「うむ……」


が選んだのは鈍い銀の鎧を身に纏った巨躯の男─ガーランドと名乗った彼に付いていく事にした。
理由を尋ねられれば、何となく、と答えたい所だが、彼からは魔法を使える者特有の魔力を感じない。
少々禍々しい力は感じられるが、その手に持つ大きな得物からすると剣士なのだろう。
そうなると、自分の使える白魔法が多少なりとも役に立つ筈。
そう判断をし、彼を選んだ。


「……ご迷惑でしたか」
「……迷惑というより、何故わしなのだ」


鎧の奥から漏れる溜息。
きっと誰を選んでも恐らく皆一様に溜息なり何なりを零していただろう。
は訳も解らないまま選べ、と言われ自分の直感を頼りに選んだ相手は見た目は畏怖する存在その物だが、聞いた事には丁寧に答えてくれる者であった。


「此処はおぬしがいた世界とは違う、次元の狭間に存在する世界。
以前の神々の闘争により、この世界はひどく不安定である」
「不安定……以前はもっと違ったのですか?」


見渡す限りの荒れ果てた大地──微かに自然の残骸は残っているが、とても生命が生きているとは思え難い風景。


「…自然はもう少し在ったと言えるだろうな。
我々は神々によって違う世界から呼ばれた戦士。我々の意思は皆それぞれである……彼方とは違ってな」
「そういえば…”彼方”って何の事ですか?」
「我らとは相反する者達だ。あやつらもそれぞれ違う世界から呼ばれた戦士。…彼方はマーテリアという女神の元に居る」
「女神様…」


”魔法を司る男神”と”機械を司る女神”
考えれば考えるだけ気の遠くなりそうな存在に呼ばれた戦士…

全くの現実味を帯びない話にはガーランドの言葉の一つ一つを覚え、自らの中に消化していく。


「……何故、私はそんな世界に迷い込んでしまったのでしょうね」
「それはわしにも解らぬ……だが、稀に次元の狭間に入り込んでしまう者もいるという」


それが本当だとしたら不可抗力だ。
見知らぬ世界に迷い込み、何が何だか解らぬ儘にその世界に馴染めるかそれとも生息する魔物の類に亡き者にされてしまうか──
それは本当にその者の運なのかも知れない。


「……女神の元が良かったか?」


気付けばガーランドが自分を見下ろしていた。
は知らぬ間に足を止め俯き気味に考え込んでしまっていた様であった。


「…いえ。まだ見ない神様の方が良いだなんてそう簡単に言えないですもの」
「……そうか」


そう短く返したガーランドが歩きだす。
ガシャガシャと重い金属の擦れる音の後ろをは小走りについていった。


「所でガーランドさんは何処へ行こうとしてるんですか?」
「………闘いがわしを呼んでおる」
「……闘い?」
「なに。断ち切れぬ因縁よ」


そう言ってガーランドは迷う事無く風景が歪んでいる扉の様な物をくぐり、その巨体を消してしまう。


「……闘い、ね…」


戦闘とは無縁に生きてきた──否、本当に無縁だったのであろうか?
白魔法を使える自分にとって、目の前に近付きつつある戦闘の気配に、たた恐怖を覚えるだけの。
ガーランドを追う様にして扉へと飛び込んだ。





「………わぁ」


くぐり抜けた先に広がった風景は美しい草原と湖の向こうに佇む白い城。
先ほどまでの殺風景な景色とはうって変わって、美しいとしか形容出来ない風景には目を奪われていた。


「コーネリア城である。……此処はわしの世界を模した場所」
「…ガーランドさんの?」


はガーランドと遠くの城を交互に見遣る。

「む……よ。おぬしは此処で待つが良い」
「え…ってガーランドさん!」


急に後ろを振り返ったガーランドは今一度次元の扉へと姿を消してしまう。
静かな場に一人取り残されたは急激に襲い来る孤独感に焦燥を覚えていた。



「……何処へ行ったんだろう」


手持ち無沙汰に湖畔へと歩み寄り透き通る水面を眺めていても、本来そこに生息する生物は一匹も見当たらない。
体感として何時間も経った様な感覚がを襲い来る。
静かにざわめく風の音に交じって微かに剣戟の音が聞こえた。


「……誰か戦っている…?」


待て、と言われたものの、この剣の重なる音──ガーランドの物であったなら、自分に出来る事は──
は音の出所を探るべく、周囲を見渡しながら森へと入っていった。





「──否、あれはかつての神に連なる者……」
「……なら、無闇に戦う相手じゃなさそうだ」


森を抜けた先。
ガーランドの声の他に凛とした声が響く。
は咄嗟に木陰に身を隠し、会話の成り行きを見守る事にした。


「”デンワ”?……出来るのか」
「女神の戦士を拒む程、狭量な男ではない筈だ」


ズシン、とガーランドが飛び降りたと同時に地が鳴る。
どうやら彼等はスピリタスの元へ戻る旨の会話を続け、深い青の鎧を身にまとった青年とガーランドは並んで次元の扉へと向かってしまう。


「…ガーランドさん!」
「む……おお、そうだ。忘れておった」


自分の身長程もあるであろう段差に躊躇いはしたものの、は飛び降りると銀の鎧の騎士へと駆け寄る。



「……ガーランド。彼女は一体…?」
「…迷い子だ。縁有って行動を共にしていた。よ、行くぞ」


そう言ってガーランドは先に扉をくぐってしまい、青い鎧の青年も何か言いかけたが扉へと姿を消してしまった。
の後ろには白銀の鎧を着た美しい青年と何処か幼さを残す黒髪の青年─。


「君……名前は?」
「あ、です……すみません。何だかお邪魔してしまった感じで」
「いいや……っていうかアンタ、スピリタス側なのか?」
「…成り行きで…?あ、でも私は戦う力持ってないので大丈夫です」


ほら、武器も持ってないし。と何も持っていない事を見せる様に両手を肩の位置まで上げる。


「…ひとまず、僕らも行こうか」


セシル、と名乗った青年の言葉にと黒髪の青年─ノクティスは順に扉へと、歩み潜った。




「へぇ、自分の世界の記憶がない、ね」


そんなの有り得るのか?とノクティス。
五人はスピリタスドームへと戻る最中に、幾許かの会話しかしていなかったがノクティスがに話しかけてからずっと会話が続いていた。


「うーん……以前の戦いの時は僕やリーダーも記憶は最初無くて。もしかしたらそれと同じなのかな」
「もし、そうならば記憶を取り戻す為には戦い続けなくてはならない。しかし彼女は…」

リーダーと呼ばれた青年─ウォーリア・オブ・ライトと名乗った彼がに視線を遣ると言葉を濁してしまった。
すまない、とウォーリアが目を伏せるとは慌てて首を振る。


「いえ、気にしないで下さい。正にその通りで…白魔法しか使えないので」


先程もイミテーションと呼ばれる彼等の姿を模した空虚な存在と戦闘を交えた。
は少し離れた所で彼等を見守る事しか出来なかったが、戦闘が終われば多少なりとも傷を負った彼等を癒していた。


「…その位でよかろう。よ、すまぬ」
「あ、はい…でもちゃんと傷が…」


ガーランドの腕にザックリと入った裂傷。
血は止まり、傷口も大分塞がってきた、という所でガーランドは腕を引きを制した。


「四人も続けて白魔法も施していてはおぬしの魔力が持たぬ。温存しておくとよい」
「……わかりました。お気遣い有難うございます」


正直な所、この四人に付いていくにも随分と体力を消耗する。
セシルとノクトは時折を気に掛ける仕草を見せてはくれるものの、ウォーリアとガーランドの歩みは彼女からすれば早い。
幾度も戦闘を繰り返している彼等にとったら、楽なのだろうが──は戦士ではない。


「ねぇ、リーダー。少しだけ休憩を取らないか?」


息も上がり始めたを見兼ねてセシルが前を歩くウォーリアに声を掛ける。
同時に足を止めた二人はノクトの少し後ろ、の姿を確認して頷く。


「それもそうだな…すまない、」
「いえ…っ、私こそ足を引っ張ってしまってすみません…」


休憩、という言葉に内心嬉しく思うも、事態がゆっくりしている暇を与えてはくれない。
それが解っているからこそ、はただただ申し訳無く感じ息を途切らせながらも前を歩く四人に頭を下げた。


「、こっちへおいで」


廃墟とはなっているが、恐らく元は神殿か何かだったのだろう。
大きな石柱や祭壇らしき跡が残るこの場で、丁度良く腰を下ろせそうな場所へとセシルが誘う。


「有難う…ございます」
「どういたしまして」


気付けばウォーリアの姿が無い。
直前に話していた筈のノクトが周囲を見回ってくるだと、とセシルに伝えれば、ガーランドがの傍まで歩み寄った。


「やはり…其方側に預けた方が良かったかもしれぬな」


何の事だ?とノクトとセシルは二人で顔を見合わせ首を傾げる。
そんな彼等に対して、はいいえ、すみません、と苦笑を向けた。


「いえ、私が浅はかだったんです、ガーランドさんは気にしないで下さい」
「…戻ったらスピリタスの元に居るが良い。その方がおぬしも苦ではなかろう」
「………はい…」


心配してくれているのは解る。
でも何処かチクリと胸が痛む感覚を覚えたは隣に立つガーランドを見上げた。


「……あの、ご迷惑でしたか」
「そうではない。ただ…その何というか」


ううん、とガーランドは鎧の奥で唸る。
異様な鎧の見た目に反してその様子はどこか可愛らしさすら見出せてしまう。


「…いえ。困らせてしまってすみません」
「…おぬしは謝ってばかりだ」
「え…そうですか?すみま「それでもまた言うか」


意識したつもりはないが、再び謝罪を口にしたの声に重ねられるガーランドの声。
思わずはクスクスと笑いを零してしまう。


「…そうですね、気を付けますね」
「……おぬしは……」
「?何ですか?ガーランドさん」


先の言葉を紡がれない様子にはガーランドを見つめ首を傾げる。
いや、いい。とガーランドが首を振れば、向こうからウォーリアが戻って来る。


「…大丈夫か?」
「えぇ、有難うございます皆さん……大丈夫です、行きましょう」


は立ち上がり、四人に向かって頭を下げる。
では行こう、とウォーリアを先頭に一行は先に見えるスピリタスドームへと歩みを進め始める。


「…もしも辛いならば言うがいい。おぬし位なら抱えて戦うのは造作ない」
「………それはご遠慮しておきます」


だって、それではガーランドさんが不要な傷を負ってしまうかも知れないでしょう?とは苦笑を漏らす。


「……騎士たる者、……を守れぬ様では恥なのでな」
「え…?」


前を歩くノクティスとセシルの会話に小さく呟かれたガーランドの声が上手く聞き取れず。
案外にノクティスの声が大きく、セシルは苦笑している様だが──談笑が大事な部分を取りこぼしてしまった。


「気にするな、戯言よ」


は聞き直そうとしたが、ガーランドの言葉に疑問を胸に仕舞い込む。


「もうすぐで着く、頑張って」
「セシルさん、有難う」


スピリタスドームまで後もう少し──
セシルの優しい言葉には微笑み返すも、その先を考えると思考が暗く淀んでしまう。


(もう少し……ガーランドさんと行動していたかった、かな)
(神に頼み申すか……否、わしが守れば何とか……しかし…)



二人がその気持ちに気付くのはもう少し先の話──…