夢の様なふわりふわりとした空間に漂う感覚。
姿は見えないが微かに優しげな儚い声が聞こえる。


(……戦士達の支えとなって……)


は言葉の意味も解らないまま、瞼を開けると──



─Hero's prologue




見渡す限りの荒野。所々に樹木は枯れ果て、大きな石が無意味に転がっている。
そんな大地をはひたすら歩いていた。
青の水晶が煌めく塔に向かって。


「誰も居ないのかしら…?」


誰とも──否、生物らしき物を見もしないこの世界。
自然も退廃しているこの風景で、唯一導かれる様に塔に近付いてみるも、案の定静けさだけがを包む。
諦めかけたその時であった。


「……君は…」
「え……?」


不意に前方から聞こえる声。
冷静ながらも強さを感じられる声色。


「…新たな戦士…でもなさそうだが」
「あの……此処は一体何処なのでしょうか」


塔から現れた姿は深い青の鎧を纏った銀髪の青年であった。
真っすぐな眼差しは刹那、厳しさを思わせる。
の言葉に青年は一つ息を漏らし、彼女へと再度視線を真っすぐに向けた。


「ここは次元に漂う神々の世界。言うなれば…君の居た世界とは異世界となる」
「異世界………」


─異世界。
そう言われてもにはピンと来ない。


「…元居た世界が思い出せないんです。…それでも帰る方法は有りますか?」
「記憶が無いのか」
「…生憎と。覚えているのは名前と…白魔法を使えるだけ、としか」
「……一先ず彼女の所へ行こう」


そう言って銀髪の青年は今出てきたばかりの塔へと足を向け歩きだす。
カシャカシャと鎧の音と共に薄い黄色のマントがたなびく。
は慌てて青年の後をついていった。





「確かに私の戦士ではないようです」
「なら、何故彼女はこの世界に迷い込んだ?」
「……解りません。ただ、時折次元の狭間が不意に現れる事もあるかも知れません…もしかしたら」


青年に連れて来られた先に居たのは、美しくも身を覆う布の面積が少ない女性。
どことなく人間離れをしているが、そう年端も行かぬ頃だろう。
──マーテリア。
調和と秩序を齎す女神だと、彼女は言った。

青年は名前は無く、便宜上ウォーリア・オブ・ライトと名乗っている、との事だった。


「しかし困りましたね…貴方を戻して差し上げたいのですが、自分の世界を覚えていないとなると…」
「やはり難しいか。以前我々は戦いの中で自分の元居た世界の記憶を思い出していた…ともすれば」


ウォーリアの視線がへと向けられるが、頭の天辺から足の先までをじっと見つめると、青年は軽く頭を振った。


「……戦え、というのも酷な話の様だ」


流石にウォーリアの視線に居心地が悪くなったのであろう。
は一つだけ疑問を投げかける事にした。


「何故その…私が居るのか解らない、というのはわかりました。
ウォーリアさんやその他の方々?は、この世界で何をなさるのでしょうか」
「それは……」


マーテリアの祈りによって様々な世界から戦士を呼んだ理由。
崩壊して行く世界を救う為にエネルギーを欲し、その為に戦う戦士達──
ある意味、神の身勝手にも思える状況にも関わらず、横のウォーリアは納得しているのか異議の言葉すら唱えない。
寧ろ協力的な姿勢に見えるその様は”勇者”そのもの。


「兎に角君は彼女の元に居てくれ」


そう言ってウォーリアはを残して入口の方へと戻ってしまう。
姿が見えなくなり、鎧の擦れる音すらも聞こえなくなった頃、マーテリアが静かに口を開いた。


「は……どうしたいですか?」
「えっ?」


どうしたい、と言われても──は戸惑いを見せる。
急に知らぬ世界に存在し、何も思い出せぬ今の状況で何をすれば良いのか、己の中で葛藤と迷いが有る中で。


「……私は思い出したいのです。そうしないと戻れないというなら……」
「……仕方有りません。それならば…いずれ来る戦士達を待ってみましょう」
「共に行けと…?」
「そうです。戦いの中で得られるエネルギーがもしかするとの記憶も呼び起こしてくれるかも知れません。
切っ掛けとなるなら…行くのもいいと思います」


断言出来ぬ言い振り。
……本当に”神”なのだろうかという疑問はさておき──


「…来たようです」


暗闇の奥から鎧の擦れる音、靴音。
一つや二つではないその音は来訪者を知らせる。


「皆さん、私の祈りが届いたようですね……よく集まってくれました」






─prologue end...