「アイオリア?」


長い階段を昇り、上がった息もその儘に獅子宮へと足を踏み入れる。
外は暑い位の日差しだが、石造りの宮内の空気はひんやりと冷たく心地良さを感じる。
お目当ての人物の姿が宮に無い事を知ると、は宮の奥、居住区の方へと足を向けた。


「アイオリアー…って寝てる…」


ノックをしても返答が無く、仕方無しには彼の部屋へと向った。
静かに扉を開けた先には質素な造りのソファに凭れ掛かり、規則正しい呼吸を繰り返す青年の姿が在った。


「……ま、いっか…」


手ぶらで来るのも悪いと、は数種類のパンを焼いて持って来ていた。
まだ香ばしい香りを残す其れ等を詰めたバスケットをテーブルに置くと、ソファに座る青年の傍に近付く。


(…こうしてじっくり見るの初めてかも…?)


恋人、という関係になって半年は経つ。
御互いが恋には不器用で、中々先へと進展しない。
交わす口付けだって、まだまだ幼きモノの部類に入るだろう。
相手が起きていれば照れてしまって、こうして間近で見る機会なんて早々無い。


(…睫も結構長かったりするんだ……それに…)


何時もは厳しさや優しさを含んだ眼差しが閉じられているだけで、何故か色気が有る様に見える。
そう思ったは自らの考えを打ち消す様に、頭を振り青年から視線を逸らした。


(な…何考えてるんだろ…私…っ!)


欲求不満なんだろうか、とか先日友人で有る魔鈴達と話した内容が忙しく脳内を駆け巡る。



「……ひゃっ…?!」


床を見つめて、一人で顔を赤くさせ思考に気を向けていたの体が力強く抱き寄せられる。
ふと、首を上に向ければアイオリアの瞳と視線が絡んだ。


「…一人で忙しそうだな?」
「みっ……見てたの?」
「あぁ」


実はが獅子宮に入った時にはアイオリアは起きていた。
しかし、寝ている振りを続ければ彼女はどうするのだろうか─そんな悪戯な考えから、アイオリアは寝ている振りをしていた。


「酷いっ、起きてるなら起きてると…」
「あぁ、悪かった……しかし、何時もとは違った形で出迎えてみたかったのだ」
「………そう、なの…?」


其処ではふと気付く。
青年と自分の顔の距離が近い事を。


「…………っ」
「…」


優しげな声がを呼ぶ。
これはキスをしたい、と表現する時のアイオリアのサイン。

は朱に染まる顔をゆっくりと青年へと向け直し、瞼を閉じる。
微かに当たる青年の吐息で、どれだけ近い距離かを窺う事は出来る。

刹那。

唇に温かな其れが重なる。
何度も離れては重ねられ、軽くも甘い口付けが繰り返され…


「……ん…?!」


後頭部に大きな掌が回されたかと思えば、噛み付く様に口付けを再度与えられる。
驚きに僅かに開いた唇を割って、温かくも湿った塊が口内へと滑り込んでくる。


「…っふ……ぁ…」


其れが青年の舌だという事に気付くのは時間は掛からなかった。
翻弄される儘、口内を動き回る舌の動きをリアルに感じながら、恥ずかしさと儘ならない呼吸への息苦しさに青年の衣服をギュっと握りしめる。


「……っは…」


舌を絡め取られ、其処で満足したのか否か、アイオリアから漸く開放されたは息を吸い込みながら微かに体が浮遊するのかの様な感覚を味わう。
戸惑いと羞恥に、厚く鍛えられた青年の胸へと顔を埋めれば、耳元に熱い吐息が掛かる。


「……そろそろ次へと進まないか?」
「ア…アイオリア…」


"次へ"という言葉が示す行為を直ぐに理解出来た。
しかし、青年は色事に不器用だと思っていたは困惑する。


「…ずっと、そう願っていた…俺も男だ。しかしの事を考えるとだな…」


耳元で呟いたアイオリアの声色は優しく、は青年と視線を合わせる。


(…もしかして…)


「わ…私も…そう願っていたの。でも…どう言って良いか解らなくて…」
「………ははっ、俺達はやはり似た者同士って事だな」


互いが願っていながらも、上手く伝えられなかった事。
アイオリアはの言葉に笑いを零し、もまた其れにつられる様に笑いを零す。


「…なら、良いのか…?」
「…う、うん……アイオリアに全部あげたいの…」


恥ずかしさを押し殺して、たどたどしく伝えられた言葉は、男にとって扇情されるモノでしか無かった。


「…やめろといっても止まらんからな?」
「…大丈夫…」


再度与えられた口付けは始まりの合図。
二人の体は柔らかなシーツへと沈み込み、熱を分け合う事となった─…。




fin.