ゴルモアを一旦出、オズモーネへと戻った一行は南の方角へと歩いていた。 「ヴァン、其れ拾っておいて、何処かで売るから」 「はいよ…っと」 魔物が落とす"おたから"。 どんなに質の悪い状態でも取りあえずは、ととバッシュが拾う事を提案し、一行は倒した後も周囲に気を配る様にしていた。 がミゲロから貰った給与は全て回復薬へと姿を変え、手持ちが少ない事を案じた二人。 とは言っても近くには街も行商人も居ない。 専ら荷物持ちはバッシュやヴァンの役目なのだが。 「あ、あそこです」 レイピアを細身の鞘に戻すと、ラーサーは薄暗く口を開く洞窟を指差す。 遠目で見るその入り口の前に何かが有る事に気付くと、姿を見つからぬ様に潜めながら近付く。 「兵士と……ドラクロアの研究員です。どうしてこんな所に…」 バッシュが倒れている者達に近付き、そっと首筋に指を添える。 鼓動を刻んでいる事を確認すると、静かに立ち上がり大丈夫、と手で合図をする。 一行は倒れている者達の横をなるべく足音を立てぬ様に、魔石鉱へと足を踏み入れた。 「ここの魔石、ルースの物とよく似ています。ドラクロアは新たな魔石鉱を探してるんでしょうね」 事細やかに説明を含んだ発言をするラーサーの声が鉱内に響く。 は何処か落ち着かないフランの様子に気付き、彼女の背に手を添えると顔を覗き込んだ。 「大丈夫ですか…?」 「あの子なの?でもこのミストは……」 岩陰に隠れる様に倒れる帝国兵に気付き、バルフレアが近付く。 しかし、其方とは全く逆の方から物音が響き、一行の視線が一斉に奥へと向いた。 「ミュリン!」 「ヒュムの匂い…力の匂い…」 奥から出てきたのは白い髪を肩上で綺麗に切り揃えたヴィエラ─フランによく似た少女であった。 目は虚ろで、足元も覚束無く様子がおかしい事にアーシェはフランへと尋ねる。 「寄るな!力に飢えたヒュムが!」 アーシェを指差しそう叫ぶとミュリンは魔石鉱の更に奥へと駆けていった。 アーシェは呆然と立ち尽くし、言葉が上手く出てこない。 そんな様子にバッシュが行きましょう、と小さく言った。 一行がミュリンを追い、奥へと入り込むと周囲の壁にはルース魔石鉱と同じ、淡く青い光を放っている。 (…これだけの魔石が有って…ドラクロアは変だわ…) 魔石の使い道は生活するには必要な物でも有る。 しかし、ここ迄して鉱山を占拠し大量の魔石を手にする目的が解らない。 はチラリと前を走るバルフレアとラーサーに視線を向けた。 「ミュリン!」 フランが呼び掛けるのも束の間、辿り付いた作業場では巨大な存在が待ち構えていた。 「……っ、ドラゴン…」 ギュオォォ、と大きな咆哮が鉱山内に響く。 余りに大きな音に、周囲の壁が反響し切れずにミシミシと痛ましげに亀裂を走らせ鳴く。 「ヴァン、パンネロ気を付けて!」 直ぐ様腰の鞘から剣を抜き、二人を守る様に前へと立ちはだかる──が、それよりも先にティアマットの爪がへと襲い掛かる。 「きゃあッッ!!」 「!」 反射的に身体をかわしたものの、長く鋭い爪先と風圧によって体勢が崩れ吹き飛ばされた。 守ろうとしたヴァンとパンネロからは離れ、銃を扱う為に後方に居たバルフレアの傍迄身が転がった。 「…ったく…」 構えていた銃を下ろすと、バルフレアがの腕を引き立ち上がらせる。 爪先が掠った右腕からは血が流れていた。 「援護してやる…今度はヘマするなよ」 「…了解っ」 再度バルフレアが銃を構える。 トリガーを引きバンッと音と共に弾丸が一直線にティアマットの額へと飛ぶ。 その隙には剣を握り直し、素早く首元へと走る。 「ヤァァァッ!」 ドラゴンの首元は背等に比べ硬く覆われた鱗は少ない。 其処を狙い、両手で持った剣を付き立て横へ薙ぎ払う。 怯んだ隙にフランの放った矢が片目を貫き、バッシュとヴァンが剣で応戦する。 パンネロとアーシェが回復や補助魔法を唱え、バルフレアはの攻撃の援護をするかの様に的確に弾丸を撃ち込んだ。 「はぁ…っ、はぁ…」 ズシン、と重く鈍い音を立てティアマットの体が崩れ落ちる。 漸く邪神竜を倒し終えた一行は、荒い息を整えながら其々武器を仕舞い込み、ポーションや魔法で傷を癒していた。 「ミュリン…」 カツン、と音を立てミュリンの手から落ちた石が砕け散った。 淡い光を放つ其れは人造破魔石であった。 ミュリンに駆け寄ろうとは駆け寄るが、周囲の空気の変化に気付き足を止めた。 「っ…」 一瞬だけであったが、人型の影がミュリンに重なり消えた。 その途端にミュリンの身体が崩れ落ち、は地に落ちる前にミュリンを抱き止めた。 「あの人達…私に石を近付けたんです…─」 ミュリンが力無く言葉を紡ぐその横では、ラーサーが表情を変えパンネロが持っていた人造破魔石を取り上げた。 「僕の想像以上に危険な物でしたね」 「私にとってはお守りだったんです。リヴァイアサンでも皆を守ってくれて」 和やかに答えるパンネロ。 アーシェは思い詰めた様に、瞼を伏せ低く『危険な力だろうと、支えにはなるのよ』と。 「…エルトの里に戻りましょう」 フランがミュリンの身体を支え立ち上がる。 各々その言葉に頷くと、来た道を引き返す為に歩みを進める。 「…」 「ん?」 バルフレアに呼び止められ、足を止める。 眉根を寄せたバルフレアは腰の皮袋からハンカチを取り出すと広げ、其れを半分に折る。 「腕を出せ」 「え?大丈夫だよ、これ位…」 先程ティアマットに引き裂かれた傷。 出血は幾らか治まったものの、未だ血が滲むその傷は赤く腫れていた。 「良いから。後でちゃんと処置もしてやる」 こんな事なら回復魔法も取得しておくんだったな、とバルフレアは自嘲じみた呟きを吐きながら傷の上にハンカチを当て巻き結び付ける。 「…有難う…」 「どうせ魔力も残って無ぇんだろ?」 「まぁ…」 「守るのは結構だが、お前がやられたら俺は…」 其処迄言って、バルフレアの言葉が止まる。 続きが気になり見上げるに首を緩く振ると行くぞ、と先へ行った者達と同じ様に歩みを進めた。 (俺は…?…気になるよ…) 「森の囁きを聞いた。持っていけ……森を越え何処へなりと行くがいい」 ミュリンをエルトの里へと送り届けた一行は入り口で待ち構えていたヨーテからレンテの涙を受け取った。 冷たい言葉の裏には感謝の意も込められている様な柔らかさも含んでいた。 「姉さん……」 「いいえ、貴方の姉はもう一人だけよ…忘れなさい」 ミュリンが目元を押さえながら里の奥へと走り出す。 三人の様子を距離を開け見守っていた一行は、其々に表情を曇らせた。 「…これで良かったんだろうよ」 「……うん…」 の考えていた事を見透かすように、バルフレアが言う。 きっと辛いであろう別れに、ミュリンとヨーテ、そしてフランの気持ちを汲み取る様に。 不意に優しい風は木々を揺らす。 ヨーテが風を纏い森の声を聞いていた。 「……さようなら、姉さん」 フランが微かな笑みを浮かべ、里に、ヨーテ達に背を向ける。 フランは捨てた筈の逃げた過去と、今決別をしたのだ。 「…行こうぜ」 一行と合流したフランを交え、里を後にする。 バルフレアの横に並ぶフラン。 アーシェを見守る様に付くバッシュ。 仲良さ気に会話を交わしながら歩くヴァンとパンネロ、ラーサー。 (…何かなぁ…) 時折感じる寂しさ。 は小さく溜息を漏らすと、気持ちを切り替えた様に後ろの三人に振り返る。 「早くしないと置いていくわよ!」 一瞬の寂しさを紛らわせてくれる様に、木々が優しく揺れていた。 神都ブルオミシェイス迄、後数日の距離。 一行は薄暗い森の奥へと歩みを進めた…─