一行は小雪が舞い落ちる中、パラミナ大峡谷をひたすらに歩み進んでいた。 ゴルモア大森林を抜け辿り付いたこの谷は寒さが厳しく、一面を覆う雪は足の力を奪って行く。 「寒っ……所でヴァン?」 「ん?」 「……寒くないの…?」 が肩に掛けた毛皮のマントを手繰り寄せ、暖かさを逃さぬ様に己を抱きながら問いかけた。 ヴァンの上半身の格好は裸に近い。 は見るだけでも寒さを感じ、眉根を寄せた。 「別にこの辺モンスター多いしさ。気にならないさ」 まぁ、寒いけどな、と笑いながら言うヴァンには失笑を向けるしかない。 空を仰ぎ見れば薄暗い雲が西から流れ、吹雪が近い。 「あれがブルオミシェイスだ」 バルフレアが指差し示した方向、山の山頂に向かって幾つかの建物が建ち並ぶ都。 一行が歩き辿り付いた其処は、元よりの住民と住む場所を追われ逃れてきた難民達の姿があちらこちらに見えた。 「…これ以上、こんな人達を増やしてはなりませんね…」 の隣でラーサーがそっと呟く。 平和思考の彼には耐えられない光景で有り、しかしそれは自分の血縁がした事。 全てを目に留める様に、凛とした瞳で全てを見ていた。 上へと上って行くと、僧服を着た者達の数が多くなる。 ある者は瞑想を、ある者は未来を憂うかの様に嘆きを漏らす。 一番大きな建物へと一行は足を踏み入れた。 神々しさを感じる建物内は静かで、足音だけが響く。 一番奥には一人の老人が微動だにせず佇んでいた。 「寝てないか?」 瞼を閉じ、静かに佇むその姿は寝ている様にも見える。 ヴァンが不思議そうに老人を見続けると、一行に不思議な声が聞こえてきた。 「何、眠っておる様なものよ…夢を見ている」 直接語りかけているのではない、其々の頭の中に語りかけてくる声ははっきりと聞こえる。 「アナスタシス猊下、私は…」 「語らずとも良い。ラミナスの娘アーシェ、そなたの夢を見ておった」 この老人こそが大僧正アナスタシス。 夢見の賢者とも呼ばれ、多くの者達が敬愛し、崇拝する人物であった。 ラーサーとアーシェを中心に会話が進んでいく。 は、不意に後ろから響く小さな足音に気付き、背後の暗がりを睨みつけた。 「そいつは諦めて貰えませんかねぇ…よぉ皇帝候補殿。呼び出されてやったぞ」 暗がりから二つの陰が此方に向かって歩いてくる。 一人は男。 整った顔立ちに胸元がはだけた衣服を纏ってはいるが、醸し出す雰囲気は何処か気高い。 もう一人は女。 男に続き控えめに歩むその姿は秘書と言った所だろうか。 男はの横を通り、ラーサーへと近付く。 子供へとやるようにラーサーの頭を撫でようと手を置くが、ラーサーはそれを嫌がり手を払った。 「アルシド・マルガラスと申します。アーシェ殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう…」 アルシドと名乗った男がアーシェの手を取り甲に唇を落とす。 それを見たは顔が引き攣るのを感じた。 最もパンネロは何処となく楽しげな表情を浮かべているが─。 アルシドを加え三国の重要な人物が集まった。 目の前には大僧正もいる。 ラーサーの口からは和平交渉の計画が語り出される。 しかし人を食った様に話すアルシドには違和感を覚えた。 「僕が皇帝陛下を説得します。陛下が平和的解決を決断をすれば…」 「グラミス皇帝は亡くなった。暗殺されたんだ」 刹那、場の空気が凍り付く。 ラーサーは肩を落とし目を伏せ、信じられないと言った様な表情を浮かべている。 も動揺していた。 (暗殺……ヴェインが…?) そう思考を巡らせている間にも会話は進んでいく。 ラーサーは黙り込んだ儘であった。 「ならばレイスウォールが遺したもう一つの力を求めなさい」 「そんな物が有るのですか!」 アーシェが驚き、目を開いたアナスタシスに視線を遣る。 アナスタシスは表情は変えず、淡々と言葉を続けた。 「パラミナ大峡谷を越え、ミリアム遺跡を訪ねなさい。破魔石を断つ"覇王の剣"」 アーシェは急いで出発しようと、足を動かした。 その表情には不快感を覚えた。 (そんなに力を求めて…何をしようとするの…?) 「剣を手にして悟らなければ、王国再建の夢は夢の儘よ…」 アナスタシスが呟いた言葉はアーシェに届いたのだろうか。 一行は動揺した儘のラーサーを置いて、外へと出た。 「…あの」 は一行の一番後ろを歩いていた。 足を止め、伏せていた瞳を戻し全員を見ると精一杯笑み言葉を続けた。 「私、此処に残ってても良いかな?」 「何でだ?」 すかさずバルフレアが問いかける。 その表情は如何にも納得がいかない、と物語っている。 「…ラーサー様を一人に出来ないから。覇王の剣を手に入れたら、もう一度此処に戻ってくるでしょう?」 「それはそうだけど…」 「だから…お願いします、我侭言って御免なさい」 そう告げるとは一行に背を向け、神殿へと戻ろうと小走りで戻った。 (ちょっと強引過ぎたかな…) 「」 神殿に入った所で後ろから呼び止められる。 顔を見ずとも解る、聞き慣れた声─。 「…バルフ…」 振り返れば、呆れた表情を浮かべるバルフレアが居た。 の腕を引き、己の腕の中に抱き締める。 は何が起こったのか瞬時に判断出来ず、抵抗する事も如何する事も出来なかった。 「…何処にも行くなよ?俺が戻って来るまでちゃんと此処で待っていろ」 「……うん、待ってる…」 身体を離される際に、額に口付けを落とされる。 その瞬間鼓動が高鳴り、額を中心に顔に熱が集まるのを感じ、 はその跡を指先で触れると、バルフレアを見上げ瞬きを繰り返した。 「…行って来る」 「…気を付けてね」 バルフレアはに背を向け神殿を出て行った。 は大きく深呼吸を一つし、気持ちを落ち着かせると神殿の奥へと向かった。 其処には変わらず落胆した儘のラーサーと声を掛けるアルシドが居た。 「…ラーサー様…」 控えめに声を掛けながらラーサーへと近付く。 の声に、漸くラーサーが顔を上げか細く震えた声を発した。 「さん…行かなかったんですか?」 「…はい。アーシェ様達が戻る迄…此処に残るって言って来ました」 ラーサーへと柔く笑んだのも束の間、神殿の教徒に促され奥に有る部屋へと案内をされる。 一旦はアルシドも、という事で共に案内される儘に神殿を歩く。 その間も会話は無い。 「此方でお休み下さい」 「…有難う御座います」 来客用に用意されている部屋なのであろう。 質素では有るが、寝具も用意された室内は小奇麗にされていた。 「すみません、さん。心配掛けてしまった様で…」 「いいえ、お気になさらないで下さい…ね?」 椅子に腰掛けたラーサーの前に跪く。 明るい部屋で見たラーサーの顔色は青ざめていた。 はラーサーの手を握り、言葉を掛ける事なく唯そうしていた。 「…大変失礼だが…・…と言いますよねぇ?」 「……何故其れを?」 二人の様子を眺めていたアルシドが問いかける。 は其れまでの表情とは一転し、警戒をアルシドへと向ける。 「そんなに警戒しなくても。…ジャッジマスター・ゼクトの補佐官…でしたね」 横に居るラーサーが驚いた様にを見つめる。 は一つ溜息を吐くと、観念した様に口を開いた。 「…仰る通りです。元ジャッジです」 「…さん…」 「二年前に、無許可でアルケイディスを抜け出しています。…最も、現在ヴェイン様にはバレてはいますが」 は差し当たり無い部分だけをラーサーに語った。 アルシドは全て知っているかの様な素振りを見せる。 一通り語り終えると、ラーサーは儚い笑みを見せた。 「…すみません…さん…」 「ラーサー様の所為じゃ有りませんよ…だから…」 無言が訪れる。 は変わらずラーサーの手を握った儘、アルシドへと視線を向けた。 「…今のもアルシド卿お抱えの諜報員が調べた事ですか?」 「まぁ…厳密に言えばジャッジマスター・ゼクトの足取りを調べる為に、ですね」 「…残念ですが、私もあの方の行方は存じません」 「…でしょうなぁ」 アルシドが額に掛かる前髪を払う。 この人を食って掛かる様な態度をは苦手に思っていた。 静かな時間が流れ、アルシドは本国に戻りますかねぇ、と言いながら部屋を後にしようとする。 「また…お会い出来ると思いますよ、さん」 「…多分そうでしょうね…お気を付けて、アルシド卿」 扉の向こうへと消えるアルシドを見送り、ラーサーの元へと戻る。 ラーサーの顔色は戻り、精神的にも落ち着いた様だ。 「何かお飲みになりますか?」 「いえ…大丈夫です。有難う、さん」 互いに笑んだその時で有った。 「イヤァァァッ!!」 神殿の外から断末魔の様な叫びが上がる。 とラーサーは顔を見合わせ、部屋から飛び出た。 外には悲惨な光景が待っているとも予想せず…─