広がる限りの光景は無残で有った。 ミストに覆われた地は、自然の理を捻じ曲げ所々に魔物の姿もあった。 「旧ナブラディア王国の都、ナブディスの跡だ」 バッシュがそう示した先には、王都の面影等一切残っていない湿地帯が広がるばかりであった。 は想像を超える光景に言葉を無くしていた。 濃いミストに覆われた地。 人間が生きるには厳しすぎる魔地。 (…一国がこんな風になってしまったのに…生きているなんて…) 一行はブルオミシェイスからラバナスタ方面へと戻る羽目になった。 海も空も迂闊に使えない目的地──帝都アルケイディス。 隠密行動を主とする一行にとっては陸路を選ぶ他無かった。 一度ラバナスタへと戻り、アイテムや装備の補充等をし直ぐ様に出発した。 "案内役"を買って出たバルフレアは、先へ行く事を妙に急かしていた。 (…焦っている…わね…) ナブラディア湿地帯を後にし、サリカ樹林へと進路を変えた一行に口数は少ない。 原因は周囲の光景にあるのであろう、バッシュやアーシェは一言も発さずに居た。 は先頭を歩くバルフレアの背中を見つめた。 長い陸路の為に、は戦闘メンバーからは外され、リザーブの身。 これはバルフレアの一存であった。 「…まだ拗ねているのかしら?」 「あ、フラン…」 横に並ぶフランが微かに笑う。 其れ程迄に表情に出ていたのであろう。 「…大丈夫、意地悪なんかじゃないわ…貴方の事が心配なだけよ」 「解ってるけど…」 『病み上がりは足手纏いになる。いざという時迄戦うな』 バルフレアが言い進めた言葉は、心配から来るものだった。 もそれが解っているからこそ、密かに拗ねていただけであった。 「ヴァン、足元外すなよ」 軽快な足取りで樹林へと踏み入るヴァンへバルフレアが言う。 樹林の中は、太い木の根の上に人工的な木の板が繋げられた道が伸びていた。 「…何かちょっと蒸してるね」 「仕方無いわ…」 がジメっとした空気にぼやく。 フランも湿気が嫌いなのか、溜息交じりに返答を返した。 途中で会ったバンガ族の番人に聞いた通りに一行は樹林を東へと抜ける。 其処には古びた門が構え、その前には一匹の赤い装束に身を包んだモーグリが居た。 「この門は修理中クポ。フォーン海岸の方に行くのは、ちょっと待って欲しいクポ」 「うーん…どれ位掛かりそうなんだ?」 「それが…サリカ樹林の小屋でサボっているモーグリ達が居るクポ!…全員居れば直ぐにでも直せるクポ」 大工道具を持ったモーグリが項垂れる。 幾ら古びているとは言っても門はモーグリにしてみれば相当大きい物になる。 其れを一匹で修復するには相当の時間が必要になるであろう。 「んじゃさ、俺が呼んで来てやるよ!」 「ヴァンなら言うと思った」 ヴァンが己の胸を軽く叩きながら言うとすかさずパンネロが言う。 二人の表情は何処か楽しみを見つけた子供の様に頬を緩ませている。 「なら私も行こう」 バッシュが二人に歩み寄り、微笑を浮かべる。 も付いて行こうと、ヴァンとパンネロに向き直った時、腕を引かれた。 「なら行って来い。俺とは此処で待っている」 何で?と疑問を表情に貼り付けたヴァンとパンネロの背をフランが押す。 続いてアーシェとバッシュも三人の後をついていくと五人の姿は再び樹林へと消えていった。 「……何で?」 「気付かないとでも思ったか?」 「………」 「かなり湿度が高い訳でも無いのに汗かいてりゃ気付くだろ」 「……ゴメンナサイ」 そう、の額には蒸し暑さからでは無く治された筈の傷跡が鈍く痛みじんわりと汗が浮かんでいた。 其れに気付いたバルフレアはを残す事にし、自分も残ったのだ。 「……痛むのか?」 「ん…ちょっと、ね」 右肩に手を伸ばす。 触れた箇所は服越しでも解る程に熱を持ち、脈と連動し鈍痛を刻む。 バルフレアは其処に右手を翳すと仄かな光を放ち始めた。 「………ファ…」 「黙ってろ、集中が切れる」 が施されているのはブルオミシェイスで施されたケアルより上位のもの。 白魔法の心得が有るは其れがケアルダである事に気付いた。 (…何時の間に…?) フランからはつい最近白魔法を習得し始めたと聞いていた。 其れが事実で有るなら、脅威的なスピードで中級迄習得したという事になる。 「……どうだ?」 「…ん…」 右肩から翳されていたバルフレアの掌が離れる。 は右肩を動かしてみると、先程まで刻まれていた鈍痛が消えていた。 「大丈夫…みたい」 「なら良かったぜ」 バルフレアが日陰へと移動し、地に腰を下ろす。 もその隣へと座り、立てた両膝を抱え込んだ。 「アリガト…」 そう言って視線を向けたバルフレアの表情は何処となしか疲労が見え隠れする。 「…少し休んで良いよ…中級魔法使ったんだし…」 「あぁ……少し、肩借りる」 の左肩にバルフレアの頭が乗せられる。 はその体勢を保った儘、門の近くで忙しなく動く親方モーグリへと視線を移した。 「……その儘で良いから聞いてくれる?」 「…何だ?」 「…モーグリって…ふわふわしてて柔らかそう…」 「………」 は黙り込んだバルフレアの表情を覗き込もうと顔を横に向けると、絡み合った視線にやんわりと笑んだ。 「柔らかいの好きなの」 「……そうか…」 バルフレアの口元から溜息が零れる。 それが呆れなのか安堵なのかどちらかはは解らなかったが、くすりと小さな笑いを零した。 五人が樹林に戻って早一時間。 時間が経つにつれ、一匹また一匹と大工道具を持ったモーグリ達が戻ってくる。 「ファム、そろそろ皆戻って来ると思うよ」 「…あぁ」 転寝をしそうな程和やかな時間を過ごした二人は離れ、其々に立ち上がる。 はもう一度右肩を押さえながらほぐす様に回し痛みが無い事を確認すると、門の前に集まった九匹のモーグリへと視線を向けた。 「宜しくね、モーグリさん達」 親方モーグリが金槌を持った手を空へと突き上げそれを返事の代わりにすると、他の大工モーグリに指示を与えながら門の修復へと取り掛かる。 トントン、と小気味良い音の律動を繰り返す様をとバルフレアはじっと見ていた。 「今のモーグリさん達の目、機械弄りしてる時のファムと同じ」 「…何だって?」 バルフレアが呆気に取られた表情を浮かべながら、を見遣る。 はクスクスと笑いながら、バルフレアへと視線を移した。 「機械弄りしてるファム、楽しそうなの。その時と全く一緒」 ああやって小言言ってるけど、好きなんだろうね、とモーグリへと視線を戻したは呟いた。 「………まぁ、な」 「おーーい、!バルフレア!」 樹林の方からヴァンの声が響く。 二人同時に樹林へと振り返ると、楽しそうに笑うヴァンとパンネロの後ろにアーシェ、フラン、バッシュが続く。 「皆、お疲れ様!」 が笑顔で出迎えると、パンネロとヴァンが駆け寄り道中の話しをし始める。 その後ろではモーグリ達が手早に修理した門が開かれていた。 「終わりクポ!フォーン海岸へと行けるクポ!」 金槌を振り回しながら親方モーグリが一行の傍へ駆け寄ってくる。 柔らかな白い毛が所々集まって固まっているのは、汗を滲ませた証拠なのだろう。 とパンネロは揃って表情を緩ませてしまった。 「有難う、モーグリさん達!」 「気を付けてクポ!」 一休み入れる大工モーグリ達にもとパンネロは手を振り、開かれた門を通り抜ける。 吹き抜ける風が微かに潮の香りを含み流れる。 視界の遠く先には真っ白な砂浜が広がる。 「やっと帝国領だな」 「…うん」 隣に並んだバルフレアがにだけ聞こえる程度の声量で言う。 帝都迄は後僅か─ (懐かしい…) はふと、蘇った記憶を押し留め前へと歩き出した─…