「…コレをヴァン達に渡してやってくれ。それと、俺達は中枢ブロックで待っているとな」


来た道を戻ってくれば、路地の出口でジュールが立って待っていた。
バルフレアは手に入れたばかりの九枚のリーフが入った小さな皮袋とチップとして幾らかのギルを手渡す。


「確かに。旦那はゆっくり待っていると良いさ」


じゃあ、と去っていくジュールはに意味有り気な笑みを向けると、擦れ違い様に小さく囁いた。


「…さんを探していた人物が居る。気を付ける事だ」


が誰、と聞く間も無くジュールは大通りへと出て行ってしまっていた。


「…何を言われた?」
「…私を探していた人が居るって…」


二人はエアタクシーを利用する為、街の中程へと向う。
バルフレアが少し前を歩き、はジュールが残した言葉に思考を巡らせる。


(誰が…?)


考えてみても、到底思い付かない。
まさか、ヴェイン等が探していたとしてもジュールにその情報が届く訳が無い。
だとしたら一体誰が、と首を傾げるしか無いのだが。

─ドンッ


「あ…御免なさい…!」


考える事に精一杯で周囲が見えていなかったはすれ違う人と思い切り肩がぶつかってしまった。
頭を下げ謝罪を述べると、相手は不機嫌な表情を浮かべながらもその儘行ってしまった。


「…ったく、お前は其処が変わって無いな」

そうバルフレアが溜息を吐きながら言った瞬間、の手は一回り大きい手に包まれた。


「ファム…っ」
「直ぐ其処迄だ、ちゃんと前を見て歩け」


の頬は一気に紅潮し、握られた手とバルフレアの横顔を交互に見つめる。
長く細い指に広い掌。
バルフレアの体温が嫌でも伝わり、自分の手を包むその力は強過ぎはしないが簡単に解いてはくれなさそうだ─
そう思ったは解いて貰おうとした台詞を飲み込んだ。


「ゼノーブル区迄頼む」
「畏まりました…」


エアタクシーの停留所までそう時間は掛からなかった。
ガイドに行く先を短く告げ、ブラックフェザーを見せるとタクシーの後部座席のドアを開きどうぞ、と中へと促す。


「、先に入れ」
「あ、うん…」


包み込まれていた手は既に開放され、温もりだけが残っている。
は先にタクシーへと乗り込み、バルフレアも乗り込むとドアが閉められタクシーが動き出す。

浮遊感を感じるのは一瞬で、椅子に座っているのと余り変わらない感覚。
窓の外を見れば行き交うタクシーと、小さく見える人々。
そして旧市街で見えていた影は此処の物であった、中枢ブロックの大きな建物には視線を動かす。


「どうした?珍しい訳でも無いだろう?」
「あ、うん…久し振り、だからかな」


それにこうやって見るのは初めてかも…と小さく呟くと、バルフレアも窓の外へと視線を移す。


「…、後で話しが有る」
「…うん」


少々ピリピリとした空気を感じるのは気の所為だろうか。
は揃えられた膝の上に乗せた手へと視線を落とし、黙ってしまったバルフレアに気まずい思いを抱いていた。


「着きましたよ。又のご利用をお待ちしております」


運転手に言われて初めてタクシーが止まった事を知る。
外のガイドに開けられたドアからバルフレアが出るとも急いで外へと出る。


「、こっちだ」


この中枢ブロックと呼ばれるゼノーブル区は、先程迄自分達が居た区とはまた別の雰囲気を持っている。
この区には政民、軍人といった地位的にも金銭的にも上位の者達が生活する。

無論、もこの区で生活をしていたのだが。
バルフレアに付いていくと、余り人気の無い道で有りながらも下の区が見下ろせる場所であった。


「ヴァン達と合流する迄あまり目立ちたくは無いんでね」
「ん、此処なら来たか解るしね」


後ろを振り返れば遠目にタクシーの停留所が見える。
無論あの人数だ、顔がはっきりと判別出来なくても一目で解る。


バルフレアは設けられた頑丈な柵に腕を乗せ身を預けると、一つ息を吐いた。
其れを見たも彼の隣へ立ち、風に靡く髪を片手で押さえながらバルフレアを見上げた。


「…話しって?」
「あぁ…」


遠くを見つめていた視線が自分へと向けられると、は真っ直ぐに其れを受け止める。
躊躇いがちに開かれた唇から紡がれる言葉を一つも逃さない──そう思っての事だ。


「…本当に此処へ来て良かったのか?」
「…どういう意味?」
「……まだ一人で背負っているんだろ?…ゼクト、だったか…」
「……」
「ブルオミシェイスから特にだ。危なっかしくて…一人に出来ない」
「…大丈夫だよ……」


そっとバルフレアが苦虫を潰した様な表情を浮かべ視線を逸らせば、は俯き小さく呟く。
その声は言葉の意味とは逆の色を含んでいた。


「…大丈夫じゃねぇって」


俯いていたの腕を強引に引き、細めの身体がバルフレアへと引き寄せられる。
力強く抱き締められ、は顔を満足に動かす事も出来ない。

「言ったろ…守ってやるって、無理するなって……これ以上俺を狂わせるつもりか?」
「ファ…」


微かに隙間が出来、は顔を上げようとする。
しかし、その前にバルフレアの指で顎を持ち上げられ、重なる唇。


「…っん…」


重なっただけの唇が離れたのも束の間、再度重なると驚きの為にうっすらと開いていた唇を割り込んで温かい物が入り込んで来る。
バルフレアが舌を差し込み、の其れを絡め取るとそこで唇を離した。


「…これ以上無理して繕うは見たく無い…」
「ファムラン……」


切なげにバルフレアから紡がれる言葉に、は今の自分の心を隠す様に目の前の胸へと額を押し付ける事しか出来なかった。


「…俺じゃ…ダメなのか?」
「違う…ファムも大切だけど……だけど…」


──本当は気付いていた。
自分の中にはゼクトへの愛情が有った事を。そして今も尚。
敬愛と思っていた時期も有ったが、其れは自分が無意識の内に引いていた境界線の中に押し留めていただけの事。
其れを"義務"や"責任感"で引き摺る事、想い続ける事──は己の中で嘘を付き、目の前の青年を傷付けている。


「…もしも、だ」
「…?」
「俺がジャッジから逃げ出した時…を連れ出していたなら、そんな表情をする事は無かったんだろうな」


それは己の過去への自嘲か後悔か。
バルフレアはから視線を逸らすと、抱き締めていた身体を放した。


「……」
「…な、に…?」
「……さっきの言葉は忘れろ…いや、忘れてくれ」


そう言ってバルフレアはタクシーが止まった停留所へと歩き出してしまった。


「ファ……」


(御免なさい…っ)


は溢れそうになる涙を堪え、一つ大きく息を吸い込むとヴァン達が降りて来た停留所へと重い足を向けたのであった。