「解放軍に補給はしても共に戦うつもりは無い……そういう街なんですね」


港街バーフォンハイムのレダス邸。
港へと続く道は数々の露店で賑わい、街の住人達の纏う衣装も皆其々。
此処が如何に様々な出身の者達で構成されているかがよく分かる光景だった。

レダスの部下と名乗る三人組に案内された屋敷は街でも一際目立ち、窓から見える海の景色は絶景である。
しかし一行は其れ等に目もくれる事なく、レダスとシドの残した言葉、そして解放軍の現状を聞かされた。


「ヴェインの思うツボだ。解放軍とロザリア軍が出て行けば、破魔石で纏めて叩かれる」


そう解放軍のやり方に口を指したのはバッシュであった。
誰もが気付く事──もレダスの言葉に耳を傾けながら同じ事を考えていた。


「ギルヴェガン……」


シドが向うと言っていた未知なる地─。
ヴィエラの古謡に謳われているその地は荒れ狂うミストに覆い隠されているという。
ヤクト・ディフォール─ゴルモア大森林の奥、
幻妖の森に其れと思わしき地が在るという事を知っていたレダスの言葉は一行を動かすには十分な情報だった。

ヴァンとパンネロが一足先に部屋を出ると、眉間を寄せた儘だったバルフレアが口を開いた。


「アンタは行かないのか」
「俺は別の線を行く」


二人の間に見えない確執が有る様な雰囲気。
最も互いに疑いを掛けているだけであって、目の先の人物がどういう人なのかも知らない──恐らくバルフレアだけは。


「早くしろよ、置いてくぞ?」


中々部屋から出て来ないバルフレア達を急かしに来たのはヴァンであった。


「おう、坊主。幻妖の森について部下に調べさせてある…話を聞いてみろ」
「分かった、ありがとなレダス」


そう言ってまた部屋を出て行くヴァンを"弟子"扱いにしたレダスに不満を滲み出させるバルフレアはから見ても彼らしいと思った。

(でも…前より焦って、らしさが欠けている…)


其れは帝都であった一件も含むのかも知れない。
あれからバルフレアは妙に余所余所しく、またもこれと言って彼に掛ける言葉が見つからなかった。


「…ナブディスを忘れるな」


最後に残ったアーシェに掛けられたレダスの言葉はの耳にも届き、部屋を出ようとした足が止まった。


「?」
「あ…いいえ、行きましょうアーシェ様」


不思議そうに見つめるアーシェへと笑顔を作ったは彼女の目を盗んで部屋を振り返る。


(やはり……)


向けた視線の先には、悲しみを帯びた瞳を此方へと向けるレダスが居た─。







「あれ、は?」
「…少し潮風に当たって来るそうよ」


気付いたのはヴァンだった。
フランの言葉に、銃の手入れを行っていたバルフレアの手が止まり視線が動く。


「さて、お子様はそろそろ寝る時間だ」
「バルフレアってさ。何時もそればっかだよな」


まぁ、良いけどさ、というヴァンを尻目に銃を腰のホルダーに戻したバルフレアは宿の出口へと足を向けた。


「…探しに行くの?」
「……まぁな」


相棒には嘘を付けない。
バルフレアは短く答えると外へと出て行った。

帝都迄は長旅だった故か、武器・道具の消耗が激しかった。
必要な物を買い揃えている内に、陽が暮れて行き一行は明朝出発する事に決め一泊の宿を取っていた。
夕食を済ませ、はフランに外へ出て来ると伝言を残すとレダスの屋敷へと向った。

──勿論、行き先は誰にも言わず、バルフレアの目に触れない様に。

レダスの部下の一人、リッキーに用件を話すとすんなりとレダスの部屋へと案内をしてくれた。
普通ならば疑う筈だろうに。
そんな事を思っていると、レダスの部屋の扉が開き中へと入れば窓から暗い海を見つめるレダスの姿が目に入る。
リッキーは何時の間にか居なくなっていて、広い部屋には二人だけ。


「どうした?アイツ等と一緒に居なくて良いのか?」
「……お話が有って来ました」


これから告げる言葉に心臓が煩く鳴る。
指先も震え、其れを押さえる様にもう片方の手で指先を包み込む。
ゆっくりと息を吸い込み、伏せていた瞼を開けばレダスと視線が絡んだ。


「……貴方は…ジャッジ・ゼクト…ですね」
「………何故そう思う?」


レダスの眉がピクリと微かに動いたのをは見逃さなかった。


「シド博士との会話…そしてアーシェ様に言った言葉…それ以外にもまだ有りますが」
「そうか……」


レダスから苦笑が漏れる。
は己の推測が間違っていたら、と思うと、次の言葉が中々発せなくなっていた。


「……。…久しいな」
「…!やはり……っ」


無機質な鉄に遮られていない其の声は、紛れも無くあの優しさを含んだ声だった。
"生きていた"という事実と"自身の想い"への安堵という事実はの涙を零させる。


「ゼクト様……っ、」
「…………」


遠慮がちに伸ばされたレダスの逞しい腕は、の肩をいとも簡単に包み込む。
彼の胸に押し付けられた頬が熱くなるのを感じ、その上を流れる涙は酷く冷たく。
押さえきれない涙はただ溢れるばかりで、漸く会えたレダスの顔を見上げる事は叶わなく、小さな嗚咽が口からは漏れる。


「…変わらんな、お前は…」


良い意味でだ、と呟いたレダスはの目元を指先で拭う。
漸く落ち着いてきたは、申し訳無さそうに彼を見上げそして離れた。


「…申し訳有りません…」
「構わんさ…それよりも今はもうジャッジマスターの名は捨てている。…普通に喋ってくれないか?」


気付けば、あの時の儘で話している事に本人は気付いて無かった様だ。
苦笑混じりにレダスが言えば、もまた苦笑を漏らす。

今迄の簡単な経緯、そしてナブディス崩壊の事─…全てを語るレダスの瞳は物憂げであった。
そして、帝都でジュールが言っていたを探していた人物はレダスであったという事も知る。


「…?」
「私は……ずっと悔やんでいた。貴方を止めなかった事、同行しなかった事…そして…」
「……言うな…」


その後に続く言葉を悟ったのだろう。
レダスはの言葉を遮ると、深い溜息をつく。


「……お前には…あの空賊が居るだろう」


其れは誰を指しているのか、直ぐに分かる。

"俺じゃ…ダメなのか?"

バルフレアの言葉、表情が走馬灯の様に一瞬で脳裏に蘇る。

──自分はどれだけ目の前に居る人達を傷付ければ良いのか。

は張り裂けそうな想いを胸に抱きこんだ儘言葉を続けた。


「…私は貴方を慕っていました。…でも、あの人を大切に想っています」
「なら…「だから。だから…」


すぅ、と息を吸い込む音がやけに部屋に響く。
遠くで聴こえる潮騒が今だけは鼓膜に届かない─。


「…自分の想いに決着を付ける為に此処へ来たんです。勝手だと思うけど…」


──あの時も、そして今迄も貴方を愛していた。


そう告げたの言葉は、柔らかく。
レダスがあの時求めていたモノだった。
─部下としてでは無く、唯一人の女性として。


「…俺もを愛していた。…話せて良かった」
「……レダス…」


が呼んだ名前は、"過去"と決別した証。
レダスは自嘲の様な笑みを零し、彼女へと視線を真っ直ぐに向ける。


「…戻ると良い。あの空賊を支えてやれ」
「…はい」


──これ以上の言葉は要らない。
互いに、決別しようとした想い…それは先へ進む為の大切な一歩。
レダスもそれが分からない程、歳は若くはない。
しかしあの空賊はどうだろうか?
レダスは疑いの眼差しばかり向けていたバルフレアを思い出す。

───そして彼の若かりし昔を…。


「」
「はい?」
「…ゆっくり休め」
「…お休みなさい」


そう言って部屋を出ていくの後ろ姿を見送り、レダスは机の上へと腰を下ろす。


──過去を断ち切れる強さ。
今の自分には足りない其れを彼女は確かに持っていた。

"愛していた"ではなく、"愛している"と言えなかった自分。
ずっと前から…今でも。

其れが言えなかったのは"弱さ"の何物でもなく、そして彼女の未来を想ってからの事。


「…今夜は酒が旨そうだ…」


呟いた声は潮騒に飲み込まれていった…─。