昼間は賑やかな街並みでも、夜となれば静寂が色濃く包み込む。

レダス邸を後にしたは、故意に足を進める速度を緩め港の波止場へと向っていた。


「……これで…良いのよね…」


"過去"を振り切り、この先を見据える意識。
不思議と、心の中が少し軽くなった様な気がする。

ポツリと呟いた言葉は、風と波の音に打ち消され潮の香りを乗せた風が肌に心地良い。
暫く海の先を見つめていたは、ゆっくりと宿へと戻ろうと踵が返した時だった。


「こんな所に居たのか」
「っ!………ファムラン…」


民家の陰から聞き慣れた声と共に姿を現したのはバルフレアだった。
は瞬時に気まずい思いを抱く。
そんな思いを余所に、バルフレアはの隣へと並んだ。


「…なぁ、」
「……ん…?」
「アイツは……何を見たんだろうな」


──六年前のあの日に。

そう呟いたバルフレアの表情は、遠い昔を思い出していた。


「…ファム……」
「……今のは忘れてくれ」


ほんの戯言だ、と言ったバルフレアの瞳は寂しげであり、悔しげでもあった。


「…所で、一人で出歩くな、と何度言ったら分かる?」
「あ……」


帝都で言われた事が思い出される。

『危なっかしくて一人に出来ない』

それは今迄引き摺っていた事、そして純粋に女一人で出歩くな、という意味も含まれていた。


「…御免なさい…」
「……もう一度やったら監視でも付けるぞ」
「…解った」


───無言。
会話が一度途絶えてしまえば、流れるのは重い雰囲気だけだ。
恐らく彼自身もそう思っているだろう。
早くこの場を打開したいと思ったは宿へ戻る事を提案しようと、彼を見上げた時だった。


「……お前の本音が掴めない」
「え……?」


バルフレアから零された言葉を乗せた声は、寂しげだった。


「…が想う奴は…一体誰なんだ?」
「な…何でそんな事急に…?」


バルフレアの胸で渦巻いていたのは見えない嫉妬と焦燥感。
ゼクトは始め、知り合ったばかりのレダス、そして最近何かと行動を共にするバッシュ。
バルフレアからしてみれば、どの相手も"敵"にか見えない──の件に関しては。

言葉こそ少ないが、其れは青年から紡がれる台詞によって解る。
レダスとゼクトが同一人物である事は知らない筈だが、バッシュに至っては免罪で有る。
彼は唯、帝都からの様子の変化に気付き心配をしてくれていただけなのである。


「……他の人をそう思わないで」


──彼が何を求めているかが、今は手に取る様に解る。
彼は目の前の物がまた一つ消えてしまう事を恐れている─。


「私は……」
「…っ」


───貴方の前から消えない。
もう一度、傍に居させて欲しい、と。


そう囁き、バルフレアの唇へ自分の其れを重ねる。
其れは自分に対しての、そして彼へ答える最大の示し方。

唇を離し、瞼を開くとバルフレアの視線と絡む。

驚いているのだろうか?
それとも嫌だったのだろうか?

中々言葉を発さない彼に不安を覚えたは口を開こうとした。


「……今の言葉…嘘じゃないな?」


腕を引かれ、バルフレアの胸へと引き寄せられる。
上から零れ落ちてくる青年の声は、微かに震えていた。


「嘘なんか…ファムには見透かされるだけじゃない」
「…確かに」


昔からそうだった。
幼い頃の悪戯な嘘も、全て…─


バルフレアは昔を思い出した様に、微かな笑いを零すと腕に閉じ込めたの肩口に唇を落とした。


「…好きだ、…傍に居てくれ」
「…うん……傍に居るよ、ファム…」


再び交わされた口付けは、相愛の証。
深く迄探る其れは、二人に長い様で短い時間を与える。


「…一番の宝を見つけられたのかも知れないな」
「…宝?」
「って名前のさ」


空賊としてこれ以上の名誉は無いかもな?と冗談を言うバルフレアの表情は何処か明るい。
は其れに安堵を覚えたのであった。


「さ、戻って寝るぞ」
「あ、うん…!」


───もう迷わない。
そして彼を支えてあげよう…。


は声にならない誓いを彼へと捧げたのであった─。