─リヴァイアサンに移されてから何日が経ったであろう…。
の起床したばかりの聴覚は大型飛空挺特有の重く響くエンジン音を捉え、溜息をつく。
窓も無く、唯一の出入り口には厳重なロック。
ましてや、今居るこの飛空挺は空を飛んでいる─そう、脱出する術は無い。


「ヴァン…パンネロ…」


ラバナスタで放浪者であった自分によく懐いていてくれた二人。
賑やかで楽しかった日々を思い出しては、ビュエルバで最後に見たヴァンの寂しげに、憎みを持った瞳が脳裏を過ぎる。


「………ごめんね…」


簡素に用意された鏡付きの洗面台─と言っても蛇口等は無く、小さな台にタオルと水の入ったボトルが置いて有るのみの囚人向けの物。
其処に映る自分の表情はやつれ、顔色も良くなく頬にはギースの計らいによって行われた尋問による擦り傷や痣が残っている。


─酷い顔になっちゃったなぁ…─

締りの無い顔にボトルの水をタオルに染み込ませ、そっと押し当てる。


「痛…っ」


治りきっていない傷に冷水は堪える。
意を決すると、強めに顔を拭い、残ったボトルの水を口に含むと口内を濯ぐ。
口の中も切れているのだろう、時折痛みが走る。
昨晩に出された食事の食器に水を吐き出すと、手櫛で乱れた髪を整える。

─コン

タイミング良く、厳重な扉が一度だけノックされると開く。
その先には、重苦しい鎧を着たジャッジが二人、立っていた。


「ギース様が御呼びだ」
「……はい」


ジャラ、とジャッジが持っていた手枷を差し出される。
は何も言わずに両手を其れに向かって差し出すと、手首に無機質な鉄の輪を掛けられる。
見た目以上に重いこの手枷は気持ち迄重くさせる。
前後をジャッジに囲まれ、促される儘には艦内を歩いた。



「お早う、殿」
「…お早う御座います」


皮肉たっぷりに言われる台詞に、素っ気無い返事を返す。
目の前にジャッジ・ギースが近付くのを、有りったけの気力で睨み返すと、不意に顎を捕まれ上を向かされる。


「…何時迄経っても気の強いお嬢さんだ。まぁ、良い…これから面白い物が見れるから楽しみにしていると良い」
「…面白い…物…?」


──まさか。
ゾクリと背が凍る。
あの夜、ヴェインが言っていた事が現実に起きようとしている事を予期するかの様に…。
その時、一人のジャッジが敬礼をし会話に割り込んできた。


「ジャッジ・ギース。例の者達をお連れしました」
「よし、入れろ」


後から来るジャッジに率いられ七人が入って来る。
は目を背けたい気分で有ったが、目の前に並ぶ人物達を見た際にヴァンと視線が絡んだ。


「…」
「ヴァン…」


あの時と、同じ。
否…寂しげに揺れるヴァンの目をは直視出来なかった。
その後ろではパンネロが泣きそうな顔をしている。


「再びお目通りが叶って光栄ですな、殿下」


隣の男から発せられる嫌味で回りくどい台詞。
は床に視線を落としながらも、交わされる一つ一つの言葉に耳を傾けていた。



「…彼をダルマスカの民とお考えなさい。殿下が迷えば迷う程、民が犠牲になる……彼が最初の一人だ!」
「アーシェ!」


ギースの剣先がバルフレアの首元に突き付けられたと同時にヴァンから悲壮な叫びが上がる。
其れに促されるかの様にアーシェが暁の断片をギースに渡そうと、手に握った瞬間だった。


「其れを渡してはなりません、アーシェ殿下!其れは…っ」
「お前は黙っていろ!」


ヒュン、と右手に持っていたギースの剣がへ向けられると、柄でこめかみを殴られる。
ゴツッ…と鈍い音が耳の傍で響くとは一瞬意識が朦朧とするが、何とか足を踏ん張り倒れる事を回避する。


「!」


ヴァンとパンネロが駆け寄ると、は苦笑いを浮かべ二人に向ける。
殴られた痕からは、真っ赤な血が痛々しく流れていた。


「大丈夫…有難う、二人共……」


ズキズキと鳴る痛みを堪えながらも、ギースに視線を戻せばその手には暁の断片が有った。


「アズラス将軍、一行をシヴァへ。数日でラバナスタへの帰還許可が下りる」
「……っ……!」


ウォースラに連れられ、ヴァン達がの前から遠ざかって行く。
その真横ではギースが手にした破魔石を研究員に手渡す所で有った。


「直ぐに魔力を測定しろ」


─機会が巡ってくる…!
は即座にそう思った。
此処に居る研究員達やジャッジは魔力測定に集中する。
逃げるなら、その時だ…─



「六千七百……七千!間違い有りません、神授の破魔石です!」


─今だ!
周囲に居た者達がその結果と破魔石に視線を奪われている合間に、
は先程ヴァン達が消えていった道へと駆け出す。
入り口に居たジャッジが気付き、取り押さえようとしたが、
は両手に繋がった儘の手枷を出来る限り振りかぶって、ジャッジの頭へと叩き付ける。


「クソ……っ、おい脱走者だ!!」
「構わん、放っておけ。暁の断片と交換しろ、という命令だ」


ジャッジが怯んだ隙に通路の奥へと走り続ける。
だが、不思議な事に誰も自分を追って来はしない。
は不審に思いながらも、艦載艇が置かれている部屋へと向かった。



─────…


「…はぁっ…」

─手枷が異常に重く感じる。
視界も大分霞み、意識が朦朧とする。
先程殴られた後遺症か…─と、は他人事の様に思いながらも、
裏部屋から進入した先に有った艦載艇を警護するジャッジにスリプルを唱える。


「よし、成功…っ!」


艦載艇に乗り込むと、直ぐに飛び立てる状態になっているかを確認し、再び外へと出る。
─乗り込む前に近くにヴァン達が居る事を確認していたのだ。


「こっちよ!早く!」


戦っていたのであろう、皆武器を持ちながら此方へと走って来る。
その後ろからはアーシェとバッシュも見える。


「、どうして…」
「後で話すから!早く脱出しないと…」


焦るの肩にポン、と手が乗せられる。
気付けばバルフレアが隣に立ち、直ぐ後ろの艦載艇を一瞥すると乗り込む。
も其れに続く様にヴァンとパンネロ、フランやバッシュ、アーシェと共に乗り込む。


「飛ぶぞ、掴まっていろ!」


バルフレアがそう言うより早く、艦載艇はリヴァイアサンを飛び出し、空を飛ぶ。
間も無く後方から機内でも聞こえる程の爆音と共に衝撃波が襲う。


「おい、冗談じゃねぇぞ!」


激しい振動が機体を襲い、近くの物に強く掴まっていないと立っていられない状況になっている。
フランが息を切らせながらも、ミストが実体化している、と言った瞬間にの脳裏に二年前の事が蘇る。


…─夜光の砕片の実験だ─…

(もしや…暁の断片を…?)


「見て!」
「暁の断片?!」
「拾ってくだろ!」


何とか爆発を逃げ切ると、前方に光る暁の断片へとバルフレアが艦載艇を操縦する。
は蘇った記憶を一旦押し留めると、近付きつつ有る破魔石に一行の後ろから視線を送る。
そんなの様子に気付いたパンネロが近付くと、こめかみの傷に掌を翳し、ケアルを施す。


「…有難う、パンネロ」
「他に怪我は無い?」


大丈夫、と首を横に振ると、同じく心配そうに見つめるヴァンに気付き、苦笑を漏らす。


「…色々と話さなきゃいけない事が有るわね…」


そう呟くと、一息付き、未だ両手を拘束する手枷に視線を落とす。


「そうね…何処から話そうかしら…」



この二年を思い出す様に、は瞼を伏せ、ゆっくりと口を開いた─…