王都ラバナスタを発ってから三日が経とうとしていた。 雨季のギーザを越え、オズモーネ平原の中程迄一行は歩み進んでいた。 「やぁッ!」 ザシュ、と音を立て切り付けたモンスターが真っ二つに裂かれる。 数多き魔物達を倒しながら、進む先の果てに集落らしき建物の頭がチラチラと窺う事が出来る。 「ガリフの里はもうすぐよ」 息を切らし、剣を鞘に戻すにフランはそう囁いた。 小さくコクリと頷くと後ろを振り返る。 「ヴァン!パンネロ!大丈夫?」 まだ幼い二人には好奇心に満ちた旅なのであろうが、身体は素直だ。 繰り返される魔物との戦闘、そして長い距離を歩いてきた。 旅、というモノに慣れていない者には大分辛い部分が有る。 「大丈夫だよ!」 ヴァンが笑んで返す。 パンネロも笑んでは居るが、二人の表情には疲労が張り付いている。 それはの隣に並ぶアーシェも同じであった。 「…大丈夫ですか?」 気休め程度にしかならぬと解っていながらケアルを施す。 微かに笑んだアーシェは有難う、と一言だけ述べると先を行くバッシュやバルフレアに付いていこうと歩調を速めた。 (アーシェ様…大分疲れているわよね…) 暫く穏やかな生活をしていたとしても、軍人として訓練を受けてきた身。 長時間の敵への警戒心や、戦闘の勘等はは既に取り戻していた。 「あ、あれだろ?」 「そうみたいね…」 細くなった道を進むと、仮面を付けた者が立つ奥に橋が見える。 ヴァンが我先にと橋へ近付くと、二人のガリフ族は一行を拒否をした。 「どうしても長老にお会いしたいのですが…」 「構わん、通してやれ」 が畏まって用件を告げようとすると、橋の奥から凛々しく堂々とした声が響いた。 「貴方は先程…」 魔物に囲まれ、死闘していたガリフ族の戦士。 彼は戦士長のスピネルと名乗り、一行の戦闘能力を認めてくれたと同時に最長老との面会を取り成してくれると告げた。 スピネルの案内通りにガリフの里へと踏み入る。 他とは違う、何か神秘的な力を感じるこの地には違和感を覚えてならなかった。 周囲の空はすっかりと夜の帳を下ろしていた。 最長老ウバル=カと面会を果たした一行は其処で衝撃的とも言える事を聞いた。 破魔石の使い方は他のガリフ族は勿論ウバル=カでも解らない事。 暁の断片は長年溜め込んだミストを放出し、使用するにはまた長い年月を要する事。 また、其処で一行と同じ目的で先に居たラーサーとも合流した。 今、解放軍が動けば協力を大義名分とした進軍命令をアルケイディスに行うと言う事。 解放軍と止めるべく、アーシェを王位継承者として正式に認めて貰える様に、共にブルオミシェイスへ行こうと。 ラーサーの言葉に、アーシェは考えるべく、また旅の疲れを癒す為に一晩を此処で過ごす事となった。 数時間の間に目まぐるしく動く展開に、は精神的にも疲労を溜めていた。 己の過去を曝け出したとはいえ、未だ引っかかる自分の心が、願っている訳でも無いのに否定的な考えを引き起こさせる。 それを振り切るかの様に、人一番明るく務め周囲に心配を投げ掛け。 実際は女の体力、バッシュやバルフレアの様に余裕等無かった筈なのに。 静かな夜は気を休めると共に、溜まりきった疲労を一気に押し出すのだ。 「…大分お疲れの様だな」 「…バルフレア…」 小高い丘に座り込んで地平線を眺めていたの隣にバルフレアも腰を下ろす。 その手にはガリフ族が好んで飲むというミルクを持っていた。 植物の葉で作られた杯に入った白い液体からは仄かにアルコールの香りが漂う。 「…お酒?」 「少し、な。疲れている身体には良いんだと」 有難う、と呟き一口ミルクを口内へ流し込む。 口に入れると、仄かな甘みが舌を包みアルコールの良い香りが鼻へと抜ける。 「…俺が居なくなってから…お前はずっと居たんだな、あそこに」 「うん…」 手元のミルクへと視線を落とすと、僅かな振動で液体が波紋を描く。 ゆらゆらと揺れるその様には過去を映し見る様な錯覚を起こした。 「行く所も無かったしね…でも結局、私は逃げてしまった」 「………」 「ナブディスで破魔石を発動させたのは、私が仕えていたジャッジマスターが」 忘れもしない二年前、静かな部屋で告げられた言葉の一つ一つ。 手に持っていた葉の杯を地へと静かに置くとは膝を抱え込み、言葉を選びながら紡ぐ。 「あの人の表情が辛そうなものだった…そしてナブディス崩壊と共にあの人は姿を消した」 「…死んだって事は無いのか?」 「……ヴェインは…生きている、と言っていたわ…」 「………」 「私はあの人以外に付く事なんか出来なかった。止める事も出来なかった自分を悔いて…誰にも言わずにアルケイディスを離れた」 この二年、偽りながら生きてきた。 名も無い村から出てきた、とミゲロに住まわして貰い働き。 何の迷いも無く懐いてくれたパンネロやヴァンを裏切る様な発言の数々。 は膝に顔を埋めた。 「…何かムカつくな…」 ふわり、と。 自分を優しく抱き締めてくれるバルフレアの腕は温かく、は驚きに顔を上げ瞬きを繰り返した。 「え……?」 「…何でも無い。気にするな」 ポツリと呟かれた言葉が聞こえ取れず、疑問符を投げるにバルフレアは首を振る。 何処か納得いかなかったが、は瞼をそっと閉じ、思わず柔い笑みを零した。 「…バルフレア、暖かいね」 「が冷たいんだ」 ずっとこんな所に居るから、と得意の笑みを浮かべたバルフレアはから身体を離すと立ち上がった。 「さて、そろそろ寝ないとな。行くぞ」 「あ、うん…」 慌てても立ち上がると、置いた儘の杯を拾い零さぬ様に両手で抱え込む様に持ちバルフレアの後を追った。 「共に行きます、ブルオミシェイスへ」 アーシェがラーサーに告げたのは棘が有りながらも肯定の言葉。 ラーサーは微笑を浮かべると行きましょう、と歩みを進める。 其れに付いていく様に、昨日迄の疲れが癒え元気なヴァンとパンネロも付いて歩く。 もヴァンやパンネロと共にラーサーと会話をしながらガリフの里を後にする。 「………チッ…」 小さな舌打ちとなって、相棒にしか聞こえぬ程の苛立ちが漏れる。 微かに漏れた音に、フランはバルフレアとを交互に見つめる。 (………バルフレア…顔に出過ぎよ…) 自分達の前方で楽しげに話す四人。 無理矢理、が張り付いたの笑顔。 それはきっと自分と相棒位しか解らぬで有ろう見事な隠し様にバルフレアは苛立っていた。 「…アイツは無理し過ぎなんだよ…」 ジ、と見つめる相棒の視線に気付いたのか、バルフレアは小さく答える。 受けるそよ風が緑の香りを運び妙に感情を仰ぎ立てる。 一行は薄暗く口を開くゴルモア大森林へと歩みを進めた─…