夢の様なふわりふわりとした空間に漂う感覚。
姿は見えないが微かに優しげな儚い声が聞こえる。

(……戦士達の支えとなって……)


は言葉の意味も解らないまま、瞼を開けると──




─Villan's prologue




見渡す限りの荒野。
荒れ果てた風景に、呆然としそうになる視線をしっかりと周囲に向ける。
左右の向こうに見えるのは赤い炎の様な光を帯びた塔と青い光を帯び水晶を携えた塔。
どちらも形は似ているのに、其々に感じる”気配”はまるで逆の様に思える。

ふらり、と引っ張られる様に足を向けた先は…


「ここは……異世界?」


は歩きながら一人ごちた。
目の前に現れた空間が歪んで見える靄の様なもの──次元の狭間を潜り抜けた先に見えたのは、
遠くに見えていたはずの赤いドームの様な物を支える塔。
瞬間移動が出来る魔法など記憶には存在しておらず、ただ不思議に思いながらも歩む足は止めずに何かに引かれる様にその塔を目指した。


「……娘が何をしておる」


不意に後ろから刺さる様にかけられた声。
しかしながらどこか労りのある女性の声。
は振り返ると、空中にふわりふわりと浮かぶ女性の姿がそこにあった。


「えーっと……迷…子?ですかね…」
「ふむ……”呼ばれた”訳ではおらぬか…」
「呼ばれた?」


彼女の言葉はどこか郷愁を思い出させる古い言葉回し─。
しかし秘めた魔力はひしひしと感じ取れ、は微かに身震いを起こす。


「──そう身構えなくてよい。娘よ……名は?」
「あ、です」
「そうか、ならばついて来るとよい」
「あの…貴女は?何処へ行くのですか?」
「わしは暗闇の雲。……神の元へ参るぞ」










「──俺が呼んだ訳ではないが、かといってマーテリア側の者でもない」


連れて来られた先は炎で部屋が彩られ、濃密な魔力が籠るドーム──あの見えていた球状の中であった。
暗闇の雲について来て、入った部屋には全身を鎧で覆った巨躯の者や、異質な魔力を携えた者──と思えば、見慣れた”人間らしい”姿をした者。
全部で十人程だろうか。
それぞれ思い思いのままにその場に居たのであろう者達は、褐色の肌を持った男の言葉に一斉にへと視線を向ける。


「……何を仰ってるのかは解りませんけど、気付いたらこの世界に居ました」


本当に意味が解らない。


この世界もそうだが、自分自身の事もそうだった。
思い返せば、自分の居た世界が解らない。
朧に思い出せるのは自分が白魔法を使える事、自分の名前と年齢。
一人で生活をしていた……様な気がする。
帰りたい気持ちもある。だが何処に?と問われれば具体的には答えられなかった。


「己の世界すら覚えておらぬ娘が何故この世界に来たのかは知らん。だが、今はどうあがいても帰れぬ」


──絶句。
その言葉が一番に相応しいだろう。
スピリタスという神の言葉に声一つ零せなくなった彼女を見兼ねたのか、暗闇の雲がの傍へと浮かんだ。


「…暫し、此処にいさせれば良い」
「駒ともならん娘を置いてどうする」
「ならば”彼方”へ渡すか?それも難儀な話であろう」


沈黙。
きっと自分の存在はこの人達にとって邪魔なのかと話の端々から伝わってくる。


「あの「いいんじゃねーか?嬢ちゃんだって困ってんだろ?」


の言葉を遮る荒々しい口調。
……嬢ちゃん、なんて年齢でもないんだけど…と苦笑いを零す。


「ジェクト。ならこの娘の面倒を見るか?」


銀の髪の長身の男が静かに、それでもよく通る声で言えば、


「いんや。俺は他人の面倒を見れる程器用じゃねぇ。クジャなんかどうだ?」
「何で僕が。面倒事はごめんだよ」


ジェクトと呼ばれた男は、銀の髪の─半裸、という言葉が近いだろうか。腹部や腿を惜しみなく露出した妙な色気を持った男が答える。


「じゃあ、ボクチンが貰ってもいい?」
「おいおい、お前はダメだ」


まるで道化の様な化粧を施した男がに顔を近づけて言えば、ジェクトは即答を重ねる。
ざーんねん、と道化の男は小さく呟く。


「…スピリタスよ。誰かと共にいさせねばならぬか」
「……多少なりとも魔法を扱える。お前達にとっても悪くはない話だろう」

漆黒の鎧を纏った男がスピリタスに問いかける。


「うぬ……確かに白魔法を使える者は此方には少ない。何かの役には立つのであろう」


鈍い銀の鎧を纏った男もそう言うものの…─


「…よ。おぬしが選ぶと良い」
「えっ?私が?選ぶって…」


どういった話の矛先だろうか。
誰か一緒に行動する人を選べ、という事なのだろう…とは思うが、今の会話を聞いているとやはり誰、とは選びにくい。
は困り果てて、暗闇の雲を見上げた。


「…誰を選んでもそう悪くはしなかろう。……恐らく、な」



溜息の様な長い息と共に答えた暗闇の雲。
暗闇の雲の視線の先には金の鎧を纏った鋭い眼を持つ男と、黒き獣の様な羽と足を持つ妖艶な女性。
二人も溜息ともとれる息を吐き、男は興味なさげに視線を外し妖艶な女性は微笑みを絶やさずへと近付く。


「…いいでしょう。貴女が選びなさい、自分がどうするのかを。黙っていても事は動きませんよ」


優しい口調ながらも厳しさが滲み取れる言葉。
はその場に居る者達へと視線を一通り向け、意を決して告げた者は──







prlogue end...